【ことわざ】
夫の心と川の瀬は一夜に変わる
【読み方】
おっとのこころとかわのせはいちやにかわる
【意味】
夫の妻に対する愛情は、急に変わりやすいというたとえ。


【英語】
・Men are as fickle as the autumn weather(男の愛情は秋の天気のように変わりやすい)
【類義語】
・男心と秋の空(おとこごころとあきのそら)
「夫の心と川の瀬は一夜に変わる」の語源・由来
「夫の心と川の瀬は一夜に変わる」は、夫の愛情の変化を、川の瀬が短い間に姿を変えることになぞらえたことわざです。「瀬」とは、川の底が浅く、流れの速い所を指します。水の流れが土砂を削り、運び、積もらせることで、川底の形や水の通り道が変わり、瀬の位置や様子も移り変わります。
このような川の変化は、一度心に決めたように思えた夫の愛情が、わずかな間に別の方向へ移ることを表すたとえとなりました。「一夜」は、長い年月をかけることなく、驚くほど急に変わることを強く印象づけています。
古い用例は、御伽草子(おとぎぞうし)の『あきみち』(室町時代末成立、作者不明)に出てきます。『あきみち』は、盗賊に父を殺された主人公が、妻の貞操を犠牲にして敵討ちを遂げる物語です。
その本文には、「おろかの殿の仰言かな、おっとのこころと川の瀬は一夜にかはるたとへあり」とあります。殿の言葉をそのまま信じるのは愚かであり、夫の心は川の瀬と同じように一晩で変わるというたとえがある、と述べた箇所です。このころには、すでに人々の間で知られた「たとえ」として用いられていたことが分かります。
同じ形は、『浄瑠璃御前物語(じょうるりごぜんものがたり)』にも出てきます。この物語は、奥州へ向かう御曹司と、三河の長者の娘である浄瑠璃御前との恋を描いたもので、室町時代中期ごろに成立した『浄瑠璃物語』の流れをくむ作品です。
作中では、御曹司に残された浄瑠璃御前が、「夫の心と川の瀬は一夜に変る習ひとて」と語ります。御曹司が自分を残して下っていったことを恨んでいたところへ、別れを告げる手紙が届き、浄瑠璃御前が深く嘆く場面です。ここでも、このことわざは、愛した女性を残して去る男性の変わりやすい心を表しています。
江戸時代前期には、松江重頼編『毛吹草(けふきぐさ)』(1638年序、1645年刊)に、「男の心と川の瀬は一夜にかはる」という形が収められました。『毛吹草』は、俳諧(はいかい)の作法や句作の資料を集めた書物で、巻二には当時のことわざや古い言い回しも数多く載せています。
『あきみち』では「夫の心」でしたが、『毛吹草』では「男の心」となっています。「夫」は妻から見た配偶者を表すため、もとの形は夫婦の愛情に焦点を当てています。一方、「男の心」とすると、夫に限らず、男性の女性に対する愛情の移りやすさを広く表せます。
さらに、川の瀬ではなく、秋の空を取り合わせた「男の心と秋の空」「男心と秋の空」という形も使われるようになりました。『興談浮世袋(きょうだんうきよぶくろ)』(1770年・江戸時代中期)には「男の心と秋の空、かはるが早いと」とあり、『恋の若竹』(1833〜1839年・江戸時代後期)には、竹次郎が以前の恋人を忘れて通わなくなった場面で、「男心と秋の空」が使われています。
このように、「夫」と「男」、「川の瀬」と「秋の空」を組み合わせた近い言い方が、長く使われてきました。「夫の心と川の瀬は夜に七たび変わる」という形もあり、「七たび」は、心が何度もめまぐるしく変わることを強調しています。
現在の「夫の心と川の瀬は一夜に変わる」は、夫の愛情が突然冷めたり、ほかの女性へ移ったりすることへの嘆きや戒めを表します。すべての夫の性質を決めつけるのではなく、愛情を誓った人が急に心変わりした場面を、古風なたとえによって言い表すことわざです。
「夫の心と川の瀬は一夜に変わる」の使い方




「夫の心と川の瀬は一夜に変わる」の例文
- 妻への変わらぬ愛を誓った直後に別の女性へ心を移すとは、夫の心と川の瀬は一夜に変わるという言葉どおりだ。
- 長年支えてきた妻を突然遠ざける態度に、夫の心と川の瀬は一夜に変わるということわざが思い出された。
- 物語の姫は、夫の心と川の瀬は一夜に変わると嘆き、心変わりした殿の帰りを待つのをやめた。
- 夫の心と川の瀬は一夜に変わるというが、昨日まで優しかった夫の冷たい態度に妻は戸惑った。
- 芝居では、夫の心と川の瀬は一夜に変わるという古いことわざを用いて、殿の移り気を表した。
- 夫の心と川の瀬は一夜に変わると知りながらも、彼女は夫が再び自分を大切にしてくれると信じていた。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・近藤いね子・高野フミ編『プログレッシブ和英中辞典 第4版』小学館、2011年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・信多純一・阪口弘之校注『新日本古典文学大系90 古浄瑠璃・説経集』岩波書店、1999年。
・松江重頼編『毛吹草』1645年。
・『あきみち』室町時代末成立。























