【故事成語】
恭、礼に近づけば恥辱に遠ざかる
【読み方】
きょう、れいにちかづけばちじょくにとおざかる
【意味】
人に対するうやうやしさも、礼にかなうよう節度を保ってこそ、卑屈さや行き過ぎを避け、恥辱を受けずに済むということ。


【英語】
・Respectfulness guided by propriety keeps one from disgrace.(礼にかなった敬意は人を恥辱から遠ざける)
【類義語】
・礼も過ぐれば無礼になる(れいもすぐればぶれいになる)
「恭、礼に近づけば恥辱に遠ざかる」の故事
この言葉は、『論語(ろんご)』(紀元前5〜4世紀ごろ成立、孔子の弟子や後学編)「学而」第一・十三に出てくる有子(ゆうし)の言葉にもとづきます。『論語』は、孔子と門人たちの言行を伝える書物で、有子は孔子の弟子である有若(ゆうじゃく)を指します。
原文には、「信近於義、言可復也。恭近於禮、遠恥辱也。因不失其親、亦可宗也」とあります。約束は道理に近ければ実行でき、うやうやしさは礼に近ければ恥辱から遠ざかり、頼る相手を誤らなければ、その人を尊敬できるという、三つの教えを並べた一節です。
ここでいう「恭」は、相手を敬い、慎み深く振る舞うことです。一方、「礼」は、単に丁寧な言葉を使ったり、深く頭を下げたりすることだけではなく、相手との関係やその場にふさわしい振る舞いを定める作法と節度を表します。
そのため、この言葉は、へりくだればへりくだるほどよいと教えているのではありません。相手への敬意が礼にかなわず、必要以上の卑屈さやこびへつらいに変われば、かえって自分を辱める結果になります。そのため、うやうやしさにも正しい限度が必要だと説いています。
魏の何晏らがまとめた『論語集解(ろんごしっかい)』(3世紀)には、包咸の注として「恭は礼に合せざれば、礼に非ざるなり」とあります。相手を敬う態度であっても、礼に合わなければ正しい振る舞いとはいえず、礼にかなうことによって初めて恥辱を避けられる、という解釈です。
南朝梁の皇侃が著した『論語義疏(ろんごぎそ)』(6世紀)では、従順な態度が場面に合わなければ恥辱となり、礼に近づけば恥辱から遠ざかると説いています。敬意を示す必要のない場面でまで過度にへりくだることなどを挙げ、形だけの丁寧さではなく、時と場合に合った振る舞いが必要であることを明らかにしています。
南宋の朱熹が著した『論語集注(ろんごしっちゅう)』(12世紀)では、「恭」を敬意を尽くすこと、「礼」を行動を整える決まりや形式と捉えています。敬意を表す態度が適切な節度にかなえば、恥辱から遠ざかることができる、という理解です。
『史記(しき)』(紀元前1世紀・前漢、司馬遷著)「仲尼弟子列伝」にも、この一節が有若の言葉として収められています。そこには、孔子が亡くなったのち、姿が孔子に似ていた有若を、門人たちが一時、孔子と同じように師として仰いだことも記されています。
原文の「恭近於禮」は、日本語では一般に「恭、礼に近ければ」と読み下しますが、「恭、礼に近づけば」とする読み方も伝わっています。また、原文の「禮」は、現代の表記では新字体の「礼」に改められていますが、どちらの読み方でも、うやうやしさを礼にかなわせるという意味の中核は変わりません。
大正4年、すなわち1915年に発表された渋沢栄一の『実験論語処世談』でも、この章句が取り上げられています。渋沢は、うやうやしさも礼によって節度を保たなければ卑屈となり、恥辱を受けることになるとして、実際の人付き合いにおける教訓として説きました。
このように、「恭、礼に近づけば恥辱に遠ざかる」は、相手を敬う心だけでなく、それを場面にふさわしい形で表すことの大切さを教える言葉です。真の礼儀とは、ただ低姿勢になることではなく、自分と相手の双方の品位を守る、節度ある振る舞いを指します。
「恭、礼に近づけば恥辱に遠ざかる」の使い方




「恭、礼に近づけば恥辱に遠ざかる」の例文
- 学級の代表として来賓を迎えるときは、恭、礼に近づけば恥辱に遠ざかるを心に留め、節度ある態度を保った。
- 取引先にへりくだりすぎる部下に、上司は恭、礼に近づけば恥辱に遠ざかるという教えを伝えた。
- 謝罪の言葉を重ねるだけでなく誠実な対応を示すことが、恭、礼に近づけば恥辱に遠ざかるの実践となる。
- 式典の司会者は、恭、礼に近づけば恥辱に遠ざかるを意識し、丁寧でありながら落ち着いた進行を心がけた。
- 客を大切にするあまり卑屈な態度にならないよう、母は恭、礼に近づけば恥辱に遠ざかると家族に教えた。
- 指導者には、恭、礼に近づけば恥辱に遠ざかるの言葉どおり、相手を敬いながら自らの品位も守る姿勢が求められる。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・小川環樹・西田太一郎・赤塚忠・阿辻哲次・釜谷武志・木津祐子編『角川新字源 改訂新版』KADOKAWA、2017年。
・『論語』紀元前5〜4世紀ごろ。
・何晏ら『論語集解』3世紀。
・皇侃『論語義疏』6世紀。
・朱熹『論語集注』12世紀。
・司馬遷『史記』紀元前1世紀。
・渋沢栄一『実験論語処世談』1915年初出。























