【ことわざ】
薬の灸は身に熱く、毒な酒は甘い
【読み方】
くすりのきゅうはみにあつく、どくなさけはあまい
【意味】
身のためになる忠言は厳しく聞きづらいが、身を誤らせる甘言や誘惑は心地よく感じられるということ。


【類義語】
・良薬は口に苦し(りょうやくはくちににがし)
・苦言は薬なり甘言は病なり(くげんはくすりなりかんげんはやまいなり)
・忠言は耳に逆らう(ちゅうげんはみみにさからう)
「薬の灸は身に熱く、毒な酒は甘い」の語源・由来
「薬の灸は身に熱く、毒な酒は甘い」は、体に益をもたらす灸と、飲む者の害になりうる酒とを対照させたことわざです。灸(きゅう)は、もぐさを体のつぼに据えて火をつけ、その熱による刺激を治療に用いる方法です。体のためになる処置であっても、据えられる本人には熱く、つらく感じられることがあります。
一方の「毒な酒」は、口にしたときにはうまく、心を楽しませても、度を越せば身を損なうものを表します。ここでいう「甘い」は、砂糖のような味だけを指すのではなく、心地よい、魅力的であるという意味も含みます。体によい灸の熱さと、害になる酒の甘さを並べることで、益と苦痛、害と快楽が、必ずしも同じ方向を向かないことを示しています。
この具体的な対照は、そのまま、人の言葉や誘いの受け止め方に置き換えられています。欠点を指摘する忠告は、聞いた瞬間には腹立たしく、恥ずかしく思えることがあります。しかし、その内容を受け入れれば、行いや考え方を改める助けになります。反対に、相手を喜ばせる甘言や、楽な道へ誘う言葉は、快く聞こえても、従えば失敗や堕落を招くことがあります。
身のためになる言葉を薬に、へつらいの言葉を病や毒にたとえる考え方は、古くから伝わっています。『韓非子(かんぴし)』(戦国時代末期)の「外儲説左上」には、「良薬は口に苦し」という趣旨の一節があり、よく効く薬は苦いけれども、効き目を知る者は進んで飲むと述べています。そこから、適切な忠告は聞きづらくても、本人のためになるという教えが生まれました。
『孔子家語(こうしけご)』の「六本」には、「忠言は耳に逆らえども行いに利あり」という趣旨の言葉があります。真心からの忠告は耳に痛いものの、行動を正す利益があるという意味です。「良薬は口に苦し」と「忠言は耳に逆らう」は、古代中国でも一組の言葉として用いられ、このことわざと共通する教えを伝えてきました。
日本でも、『文明本節用集(ぶんめいぼんせつようしゅう)』(室町時代中期)に「苦言薬也 甘言病也」とあります。厳しく聞こえる言葉は薬となり、相手の機嫌を取る甘い言葉は病となるという意味です。この古い表現では、すでに「苦言」と「甘言」、「薬」と「病」が鮮やかな対照をなしています。
「薬の灸は身に熱く、毒な酒は甘い」は、こうした教えを、灸の熱さと酒のうまさという身近な体験によって表したものです。「薬」と「毒」、「熱い」と「甘い」という反対の性質を一文の中で組み合わせることで、つらくても自分を正してくれる言葉を受け入れ、快くても身を誤らせる誘いを警戒することの大切さを、印象深く伝えています。
「薬の灸は身に熱く、毒な酒は甘い」の使い方




「薬の灸は身に熱く、毒な酒は甘い」の例文
- 監督の厳しい指摘を嫌い、根拠のない称賛ばかり喜ぶ選手に、薬の灸は身に熱く、毒な酒は甘いという言葉を贈った。
- 薬の灸は身に熱く、毒な酒は甘いのだから、耳の痛い忠告にも一度は素直に耳を傾けるべきだ。
- 簡単に大金が手に入るという誘いに心を動かされた弟を、父は薬の灸は身に熱く、毒な酒は甘いと戒めた。
- 編集者の厳しい批評こそ作品を磨く助けになると知り、作家は薬の灸は身に熱く、毒な酒は甘いと自らに言い聞かせた。
- 都合のよい話だけを信じて忠実な部下の忠告を退けるのは、薬の灸は身に熱く、毒な酒は甘いを忘れた態度だ。
- 薬の灸は身に熱く、毒な酒は甘いというように、お世辞よりも欠点を正直に教えてくれる友人を大切にしたい。
主な参考文献
・尚学図書編『故事・俗信ことわざ大辞典』小学館、1982年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『文明本節用集』室町時代中期。
・『韓非子』戦国時代末期。
・『孔子家語』。























