【故事成語】
君子に三楽あり
【読み方】
くんしにさんらくあり
【意味】
徳のある立派な人には、父母と兄弟の無事、天や人に恥じない生き方、優れた人材を教育することという三つの大きな楽しみがあること。


【英語】
・The superior man has three delights.(立派な人には三つの喜びがある)
「君子に三楽あり」の故事
「君子に三楽あり」は、中国の古典『孟子(もうし)』(戦国時代)にある孟子の言葉に由来します。『孟子』は、孟子が諸侯や門人などと交わした問答を集めた思想書で、「梁恵王」から「尽心」までの七篇で構成されています。この言葉は、そのうち「尽心(じんしん)・上」の第二十章に出てきます。
原文は、「孟子曰、君子有三楽、而王天下不与存焉」と始まります。これは、「孟子が言いました。君子には三つの楽しみがあります。しかし、天下の王となることは、その中に含まれません」という意味です。
一つ目の楽しみは、父母がともに健在で、兄弟にも災いや心配事がないことです。原文の「父母俱存、兄弟無故」は、身近な家族がそろって無事に暮らしている喜びを表しています。財産や名誉ではなく、家族の平穏を最初に挙げているところに、孟子が肉親との結び付きを重んじた考えが表れています。
二つ目の楽しみは、天を仰いでも恥ずかしくなく、人に向き合っても後ろめたいところがないことです。「仰不愧於天、俯不怍於人」とあり、自分の心や行いが正しく、誰に対しても恥じる必要がない状態を指します。
この喜びは、周囲から褒められることとは異なります。人に知られているかどうかにかかわらず、自分の行いを振り返ったとき、天にも人にも恥じるところがないという、心の安らかさを表しています。
三つ目の楽しみは、天下から優れた才能をもつ人々を得て、その人たちを教育することです。「得天下英才而教育之」とあり、自分だけが学問や徳を身につけるのではなく、将来を担う人を見いだし、育てる喜びを説いています。
ここでいう教育は、単に知識を教えることだけではありません。優れた素質をもつ人を正しい道へ導き、その力を世の中に役立てられる人物へ育てることまで含んでいます。そのため、三つ目の楽しみは、教える者自身の喜びであると同時に、学問や道徳を後の世へ伝える喜びでもあります。
孟子は、この三つを述べる前後で、「天下の王となることは三楽の中に入らない」と繰り返しています。孟子は諸国を巡り、仁義に基づく王道政治を説いた人物ですが、それでも、大きな権力を得ることを君子の三つの楽しみには数えませんでした。
この繰り返しには、人の幸せは、世の中を支配するような大きな成功だけで決まるものではない、という強い考えが込められています。家族が無事であること、自分の生き方に恥じるところがないこと、優れた人を育てることは、権力では手に入らない大切な喜びなのです。
後の時代には、この三つをまとめて「君子三楽」や「君子の三楽」と呼ぶようになりました。明代の楊漣の文章にも「君子三楽」という形が使われており、『孟子』の一節が、君子の理想的な喜びを表すまとまった言葉として受け継がれたことが分かります。
日本では、原文の「君子有三楽」を漢文として読み下し、「君子に三楽あり」と表します。「君子の三楽」や、単に「三楽」という形でも使われますが、「君子に三楽あり」といえば、一般に、『孟子』が挙げた家族の無事、恥じない生き方、英才の教育という三つの喜びを指します。
「君子に三楽あり」の使い方




「君子に三楽あり」の例文
- 父母と兄弟が無事に暮らし、後進の指導にも励む彼は、君子に三楽ありを生き方の支えとしていた。
- 校長は君子に三楽ありの教えを引き、家族の平穏と正しい生き方と教育の喜びについて語った。
- 自らの行いに恥じるところなく、若い研究者を育てる教授の姿は、君子に三楽ありを思わせる。
- 君子に三楽ありというように、権力や財産だけが人生の喜びなのではない。
- 両親と兄弟の健康を喜ぶ祖父は、君子に三楽ありの第一の楽しみを何より大切にしていた。
- 社長は君子に三楽ありを胸に刻み、利益を追うだけでなく、誠実な経営と人材の育成に力を注いだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・小林勝人訳注『孟子 下』岩波書店、1972年。
・中華民國教育部『重編國語辭典修訂本』。
・『孟子』戦国時代成立。























