【ことわざ】
紅は園生に植えても隠れなし
【読み方】
くれないはそのうにうえてもかくれなし
【意味】
優れた人物は、どのような場所にいても周囲から抜きん出て、人目につくというたとえ。


【類義語】
・鶏群の一鶴(けいぐんのいっかく)
・掃き溜めに鶴(はきだめにつる)
「紅は園生に植えても隠れなし」の語源・由来
このことわざのもとにあるのは、鮮やかな紅花と、その周囲に生い茂る草木との色の対比です。「紅」は紅花を表し、「園生」は花や草木を植えた園を指します。紅花は、広い園の草木に交じっていても、その鮮やかな赤色によってひときわ目立ちます。その姿を、才能や品格に優れた人物は、どのような場所にいても周囲に埋もれないことへ重ねた表現です。
古い用例は、『義経記(ぎけいき)』(室町時代中期ごろ成立、作者不詳)の巻二「鏡の宿吉次が宿に強盗の入る事」に出てきます。『義経記』は、源義経とその家来たちを中心に描いた全八巻の物語で、義経の幼少期から、奥州へ向かう旅、弁慶たちとの関わり、最期までを伝えています。
この場面で、鞍馬を出た遮那王(しゃなおう:後の源義経)は、金売吉次(かねうりきちじ)に伴われ、奥州へ向かう途中、鏡の宿に泊まります。都に近く、人目を避ける必要があったため、宿の女主人は、遮那王を女房たちから離れた末席に座らせました。
しかし、女主人は遮那王の立ち居振る舞いや姿を見て、源義朝の二男で、遮那王の兄にあたる源朝長(みなもとのともなが)と少しも違わないと言います。源氏の子孫であることが人に知られれば危険が及ぶため、吉次に、よく言い聞かせながら旅を続けるよう忠告しました。
そこで、女主人が口にしたのが、「壁に耳、岩に口と云ふ事あり。くれなゐはそのに植へても隠れなし」という言葉です。秘密はどこから漏れるか分からず、鮮やかな紅花を園の中へ植えても隠せないように、遮那王の気品ある姿や優れた素質も、人目から隠し通すことはできないという意味で使われています。
この用例では、現在の「園生」という表記ではなく、「その」と書かれています。また、単に能力の高い人が目立つというだけでなく、生まれや気品まで含めた、その人ならではの優れたところは隠せないという意味をもっています。女主人はこの言葉を述べたあと、遮那王の袖を引き、末席から上座へ移してもてなしました。
同じ中世の能『頼政(よりまさ)』(室町時代、世阿弥作)にも、このことわざが出てきます。旅の僧が、名乗る前の武者の霊を源頼政(みなもとのよりまさ)だと見抜くと、頼政の霊は「紅は園生に植ゑても隠れなし」と述べ、名を明かす前に正体を知られたことを恥じます。ここでも、名高く優れた人物は、姿を隠そうとしても、その人らしさまでは隠せないという意味で用いられています。
このように、古い作品では、身分や素質を隠して旅をする義経や、名を告げる前に正体を見抜かれた頼政の場面で使われました。そこから、優れた才能、品格、実力をもつ人物は、置かれた場所や立場にかかわらず、やがて人目に立つという現在の意味へ定着したのです。
「紅は園生に植えても隠れなし」の使い方




「紅は園生に植えても隠れなし」の例文
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- 紅は園生に植えても隠れなしの通り、地域の小さな大会でも、将来を期待される選手の動きはひときわ目立っていた。
- 紅は園生に植えても隠れなしで、経験の浅い社員の優れた提案は、会社を動かす新しい計画へと発展した。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・梶原正昭校注・訳『新編日本古典文学全集62 義経記』小学館、2000年。
・小山弘志・佐藤喜久雄・佐藤健一郎校注・訳『新編日本古典文学全集58 謡曲集1』小学館、1997年。























