【ことわざ】
食わぬ犬をけしかける
【読み方】
くわぬいぬをけしかける
【意味】
気の進まない者をそそのかし、ある行動をさせようとすること。


【英語】
・egg someone on.(人をそそのかして、愚かまたは危険な行動へ駆り立てる)
【類義語】
・焚き付ける(たきつける)
・煽り立てる(あおりたてる)
「食わぬ犬をけしかける」の語源・由来
「食わぬ犬をけしかける」は、噛みつく気のない犬を、声をかけて勢いづけ、無理に相手へ向かわせる様子から生まれたことわざです。ここでいう「食わぬ」は、餌を食べないという意味ではありません。「食う」には、口で相手を捕らえる、食いつくという意味があり、このことわざでは、「噛みつかない」「攻撃する気がない」という意味で使われています。
「けしかける」は、もともと、犬などに声をかけて勢いづけ、相手を攻撃させることを指す言葉です。そこから、人をおだてたり、あおったりして、自分に都合のよい行動をさせるという意味でも使われるようになりました。現在も、犬を相手へ向かわせる具体的な意味と、人をそそのかす比喩的な意味の両方があります。
「けしかける」のもとには、犬を勢いづけるときの「けしけし」という掛け声があります。『名語記(みょうごき)』(1275年・鎌倉時代、経尊著)には、「けしけし」が、犬をけしかける声として記されています。人が犬に向かって掛け声を繰り返し、攻撃するよう促していたことが、この言葉の背景にあります。
犬を相手へ向かわせる意味の「けしかける」は、室町時代末期から近世初期の言葉を伝える『虎明本狂言(とらあきらぼんきょうげん)・犬山伏(いぬやまぶし)』にも出てきます。そこには、「犬ばうづにななつく、山ぶしのかたへけしかくる」とあり、犬を山伏のほうへ向かわせる場面で使われています。この段階では、まだ犬に攻撃を促す具体的な動作を表しています。
江戸時代前期になると、「けしかける」は、人をそそのかす意味にも広がっていました。『俳諧・世話尽(はいかい・せわづくし)』(1656年・江戸時代前期)には、「犬蓼やけしかけられてもむ気瓜」とあり、犬への掛け声ではなく、人の気持ちをあおって行動させる意味で使われています。犬を動かす言葉から、人を思いどおりに動かす言葉へと、比喩的な用法が定着していったことが分かります。
一方、『傾城禁短気(けいせいきんたんき)』(1711年・江戸時代中期、江島其磧著)には、「犬をけしかけ、大屋根にとまる鳶烏に礫を打ち」とあり、実際に犬を勢いづける意味も、引き続き使われています。具体的な動作を表す意味と、人をそそのかす意味とが、江戸時代には並んで用いられていました。
この二つの意味が重なって形作られたのが、「食わぬ犬をけしかける」です。犬が初めから噛みつこうとしているのではなく、外から声をかけられ、攻撃へ向かうところが重要です。その様子を人に当てはめ、本人にはその気がないのに、周囲の者が言葉巧みにあおり、行動させることを表すようになりました。
このことわざは、単に人を励ますことを表すものではありません。本人の意思を尊重せず、争いや無理な行動へ誘い込もうとする者の態度を、批判的に表します。「自分は直接手を下さず、気の進まない人をそそのかして動かす」という、ずるさや無責任さを含む場面にも、よく当てはまる表現です。
「食わぬ犬をけしかける」の使い方




「食わぬ犬をけしかける」の例文
- 弟は断るつもりだったのに、友人から食わぬ犬をけしかけるようにあおられ、危険な遊びへ加わった。
- 争う気のない二人に悪口を吹き込むのは、食わぬ犬をけしかけるようなものだ。
- 彼は自分では意見を言わず、後輩に食わぬ犬をけしかけるような言葉をかけて抗議させた。
- 食わぬ犬をけしかけるやり方で、慎重な社員に無理な契約を結ばせてはならない。
- 周囲が食わぬ犬をけしかけるようにあおったため、本人は望んでいなかった勝負を引き受けてしまった。
- 食わぬ犬をけしかける人の言葉に乗らず、自分の意思で行動することが大切だ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館国語辞典編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・馬場俊臣「『犬』に関することわざ(2)―『犬』をどう捉えてきたか」『札幌国語研究』第25号、北海道教育大学国語国文学会・札幌、2020年。
・経尊『名語記』1275年。
・『虎明本狂言・犬山伏』室町時代末期〜近世初期。
・『俳諧・世話尽』1656年。
・江島其磧『傾城禁短気』1711年。























