【ことわざ】
食わぬ殺生
【読み方】
くわぬせっしょう
【意味】
生き物を何の役にも立てず、むやみに殺すこと。転じて、まだ利用できるものをいたずらに費やし、無駄にすること。


「食わぬ殺生」の語源・由来
「食わぬ殺生」は、「食わぬ」と「殺生(せっしょう)」を組み合わせた言い方です。「食わぬ」は食べないことを表し、「殺生」は生き物の命を奪うことを指します。したがって、もとの意味は、食べ物にするわけでもないのに生き物を殺すことです。
「殺生」は、仏教と深く結び付いた言葉です。仏教では、生き物を殺さないという「不殺生戒(ふせっしょうかい)」が、在家の信者が守る五戒(ごかい)の第一に挙げられています。このような背景から、目的もなく命を奪う行為は、無慈悲で慎むべきものとして強く意識されてきました。
「殺生」という言葉自体は、『続日本紀(しょくにほんぎ)』(797年成立、菅野真道ら編)の天平9年、737年の記事に「禁断殺生」とあります。これは、決められた日に生き物を殺すことを禁じた記述であり、日本でも奈良時代には、命を奪う行為を「殺生」と表していたことが分かります。
「食わぬ殺生」というまとまった形の古い用例は、『崑山集(こんざんしゅう)』(1651年・江戸時代前期、鶏冠井令徳編)巻十三にあります。『崑山集』は、松永貞徳が選んだ発句を四季に分けて収めた俳諧撰集(はいかいせんしゅう)です。
同書には、北村季吟の句として「犬そわかくはぬ殺生鷹の鳥」とあります。ここでは「くはぬ殺生」という表記が使われており、食べるためでもないのに鳥の命を奪うという、言葉どおりの意味をもつ表現として用いられています。
その後、『浮世栄花一代男(うきよえいがいちだいおとこ)』(1693年・江戸時代前期)巻二には、「喰ぬせっしゃう」という形が使われています。この場面では、生き物を殺すことではなく、人を抱えていながら、その存在を生かさないことを、惜しくもったいない行いにたとえています。
この用例から、江戸時代前期にはすでに、「食べないのに生き物を殺す」という具体的な意味から、「利用できるものを役立てず、むなしく費やす」という比喩的な意味へと、使い方が広がっていたことが分かります。命を無駄にすることと、物や人の価値を生かさないことが、ともに「惜しく無益な行い」として結び付いたのです。
古い文章では「くはぬ殺生」「喰ぬせっしゃう」などと書かれましたが、現在は「食わぬ殺生」という表記が一般的です。今では、必要のない殺生を戒める場合だけでなく、まだ役立つ物を無駄に失わせるような行為を批判する場合にも用いられます。
「食わぬ殺生」の使い方




「食わぬ殺生」の例文
- 食べるつもりのない魚を釣り、岸に放置するのは食わぬ殺生だ。
- 観察に使わない昆虫まで捕らえて死なせるのは、食わぬ殺生にほかならない。
- まだ使える布を大量に切って捨てるとは、まさに食わぬ殺生だ。
- 余った木材を再利用せず、すべて焼却する計画は食わぬ殺生だと見直された。
- 必要のない資料を何千部も印刷して廃棄するのは、食わぬ殺生というものだ。
- 十分に動く機械を一度も活用せず、壊して処分するのは食わぬ殺生でもったいない。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・鶏冠井令徳編『崑山集』1651年。
・『続日本紀』797年成立。
・『浮世栄花一代男』1693年。























