【故事成語】
殷鑑遠からず
【読み方】
いんかんとおからず
【意味】
戒めとすべき失敗の前例は、遠くに求めなくても身近なところにあるというたとえ。


【英語】
・learn from your mistakes(自分の失敗から学ぶ)
・history repeats itself(歴史は繰り返す)
【類義語】
・前車の覆るは後車の戒め(ぜんしゃのくつがえるはこうしゃのいましめ)
・他山の石(たざんのいし)
・覆車の戒め(ふくしゃのいましめ)
【対義語】
・前車の轍を踏む(ぜんしゃのてつをふむ)
・覆轍を踏む(ふくてつをふむ)
「殷鑑遠からず」の故事
「殷鑑遠からず」は、中国最古の詩集『詩経(しきょう)』の「大雅・蕩」に出てくる「殷鑑不遠、在夏后之世」という句にもとづく故事成語です。『詩経』は五経の一つで、風・雅・頌の三部から成り、三〇五編を収める古い詩集です。
「大雅・蕩」は、周王朝が衰えたころ、そのありさまを嘆いて作られたと伝わる詩です。詩の中では、文王が殷商に語りかける形をとり、国を滅ぼすような政治に対する戒めが重ねて述べられます。
原文の「殷鑑不遠、在夏后之世」は、「殷の鑑は遠くない。夏の王朝の時代にある」という意味です。ここでいう「鑑」は、鏡という意味から広がって、反省の材料となる前例や手本を指します。
「殷」は、中国古代の王朝の名です。自分たちは「商」と称していたとされ、これを滅ぼした周が、前の王朝を「殷」と呼びました。
「夏」は、中国最古の伝説的な王朝とされる国です。夏の最後の王である桀王は民心を失い、殷の湯王に滅ぼされたと伝わります。
つまり、この句は、殷の人々が戒めとすべき失敗例は、遠い時代や場所にあるのではなく、すぐ前の夏王朝の滅亡にある、ということを述べています。夏の失敗を見れば、殷が同じ道をたどらないための教訓が得られる、という考えです。
「鑑」は、もともと自分の姿を映すものを表しますが、古い中国の文章では、過去の出来事を見て現在の行いを省みるという意味にも使われました。『詩経』の「殷鑑遠からず」は、そのような歴史の教訓を表す代表的な言い方です。
この故事で大切なのは、失敗例が「遠からず」と言われている点です。戒めは遠い昔の珍しい出来事だけにあるのではなく、近い過去や身近な例の中にも十分にある、という考えがこめられています。
後の日本語では、「殷鑑」という言葉だけでも、戒めとすべき前例、悪い手本、みせしめを意味する言葉として使われました。福沢諭吉『文明論之概略』(1875年・明治時代、福沢諭吉著)にも、「殷鑑」という形の用例があります。
「殷鑑遠からず」という形の用例としては、内田魯庵『社会百面相』(1902年・明治時代、内田魯庵著)に「殷鑑遠からず」と出てきます。古典の句から出た表現が、近代の日本語の文章でも、身近な失敗を戒めにする意味で用いられていたことが分かります。
また、芥川龍之介『忠義』(1917年・大正時代、芥川龍之介著)にも、「殷鑑は遠からず」という形が出てきます。ここでは、近い前例を引いて、同じような危うい結果を招くことへの戒めとして使われています。
現在の「殷鑑遠からず」は、王朝の興亡だけを指す言葉ではありません。身近な失敗、近い過去の失敗、他人や他国の失敗をよく見て、自分が同じ過ちを繰り返さないようにする、という教訓を表します。
「殷鑑遠からず」の使い方




「殷鑑遠からず」の例文
- 前回の避難訓練で連絡が遅れたことは、殷鑑遠からずで、今回の防災計画に生かす必要がある。
- 隣町の水害対策の遅れを見れば、殷鑑遠からずで、自分たちの町も備えを急ぐべきだ。
- 去年の文化祭で準備不足のため展示が間に合わなかったことは、殷鑑遠からずの教訓となった。
- 同業他社の不祥事は殷鑑遠からずであり、会社は検査体制をすぐに見直した。
- 兄が試験前日に徹夜して体調を崩したことは、殷鑑遠からずで、妹は早めに学習計画を立てた。
- 歴史上の失政を学ぶのは、殷鑑遠からずとして、現在の政治を考えるためでもある。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・白川静著『字通 普及版』平凡社、2014年。
・『詩経』紀元前十一〜六世紀ごろの詩を収める。
・福沢諭吉『文明論之概略』1875年。
・内田魯庵『社会百面相』1902年。
・芥川龍之介『忠義』1917年。























