【ことわざ】
鬼の霍乱
【読み方】
おにのかくらん
【意味】
普段は非常に健康で丈夫な人が、珍しく病気になることのたとえ。


【英語】
・an illness which suddenly affects a normally healthy person(普段は健康な人を突然襲う病気)
「鬼の霍乱」の語源・由来
「鬼の霍乱」の「鬼」は、ここでは恐ろしい人や冷酷な人という意味ではなく、鬼のように強く、病気とは縁がないほど頑健な人を表しています。そのような鬼でさえ病に倒れるという意外な取り合わせから、普段は非常に丈夫な人が、珍しく病気になることを表すようになりました。
「霍乱(かくらん)」は、もともと「揮霍撩乱(きかくりょうらん)」を縮めた言葉で、病苦のためにもがき、手を激しく振り動かす様子に関係する病名です。日本では、暑気あたりや日射病を指したほか、古くは、激しい嘔吐(おうと)や下痢を伴う急性の病気を広く表しました。
「霍乱」という病名そのものは、「鬼の霍乱」ということわざよりも、はるかに古くから使われています。『漢書(かんじょ)』(80年ごろ成立・後漢、班固著)の厳助伝には、暑い時期の南方では「歐泄霍亂之病」が相次ぐとあります。これは、吐いたり下したりする霍乱の病が続いて起こるという意味で、霍乱が、夏季の激しい消化器症状を伴う病として捉えられていたことを示しています。
日本でも、宝亀3年、すなわち772年5月の正倉院文書に、「国守が十四日に霍乱を患い、起き上がることができない」という内容の記録があります。この段階では、「霍乱」は比喩ではなく、人を寝込ませる病気の名として使われています。
さらに、『世間胸算用(せけんむねさんよう)』(1692年・江戸時代前期、井原西鶴著)には、「夏くはくらんを患ひてせんかたなく」とあります。夏に霍乱を患って困り果てた人物が、衣服を質に入れたという場面であり、江戸時代にも、霍乱が夏の重い病として広く理解されていたことが分かります。
現在のことわざの形が現れる古い用例は、雑俳集『俳諧觿(はいかいけい)』第十編(1789年・江戸時代後期、雪成ほか編)の「鎧の儘で鬼の霍乱」です。鎧を着たままの強者と、病気に苦しむ姿とを取り合わせ、病とは無縁に思える者まで倒れる意外さを、短い句の中に表しています。
明治時代以後も、このことわざは同じ意味で使われ続けました。夏目漱石の小説『行人(こうじん)』(大正元〜2年、1912〜1913年)では、普段は気性の激しいお重が具合の悪いふりをしたとき、父親が「お重が心持が悪いなんて、まるで鬼の霍乱だな」と言います。丈夫で活発な人物の病気を意外に思い、やや冗談めかしていう用法が、すでに定着していたことが分かります。
このように、「霍乱」は、もとは夏の暑さや激しい吐き下しによる病を指す具体的な病名でした。そこへ、強く丈夫なものの代表である「鬼」を結び付けることで、健康自慢の人が思いがけず病気になるという現在の意味が生まれました。現在では、病気の種類を霍乱に限らず、普段はめったに寝込まない人が、風邪などで体調を崩した場合にも用います。
「鬼の霍乱」の使い方




「鬼の霍乱」の例文
- 皆勤を続けていた彼が風邪で学校を休むとは、まさに鬼の霍乱だ。
- 体力自慢の父が熱を出して寝込み、家族は鬼の霍乱だと驚いた。
- 毎日休まず畑に出る祖父が病院へ行くと聞き、近所の人は鬼の霍乱だと言った。
- 屈強な選手が体調不良で試合を欠場したため、仲間たちは鬼の霍乱だと心配した。
- 一度も病欠したことのない部長が会社を休み、社員の間では鬼の霍乱だと話題になった。
- 健康には自信があると語っていた友人が寝込んだので、鬼の霍乱とはこのことだと思った。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・班固『漢書』1世紀。
・『正倉院文書』宝亀3年5月・田部国守解、772年。
・井原西鶴『世間胸算用』1692年。
・雪成ほか編『俳諧觿』第十編、1789年。
・夏目漱石『行人』1912〜1913年。























