【ことわざ】
お前百までわしゃ九十九まで
【読み方】
おまえひゃくまでわしゃくじゅくまで
【意味】
夫婦が仲よく、そろって元気に長生きし、末永く連れ添おうと願うこと。


【英語】
・grow old together(ともに年を重ねる)
【類義語】
・共白髪(ともしらが)
・偕老同穴(かいろうどうけつ)
「お前百までわしゃ九十九まで」の語源・由来
「お前百までわしゃ九十九まで」は、「共に白髪の生えるまで」と続く俗謡(ぞくよう:人々の間で広く歌われた歌)の一節です。全体では、夫婦がそろって白髪になるまで元気に暮らし、長く連れ添おうという願いが歌われています。
この歌では、一般に「お前」は夫、「わし」は妻を指し、妻が夫に語りかける形と解されます。「わしゃ」は「わしは」が縮まった言い方で、「あなたは百歳まで、私は九十九歳まで」という内容です。
百歳と九十九歳という数字は、二人の年齢を正確に定めるためのものではありません。ほとんど同じ時まで長生きし、どちらか一方だけを長く残すことなく、人生の終わり近くまで寄り添っていたいという深い愛情を、分かりやすい数字で表しています。
「お前百まで」「わしゃ九十九まで」「共に白髪の」「生えるまで」と区切ると、七・七・七・五の整った調子になります。短く口ずさみやすいうえに、「百」と「九十九」、「お前」と「わし」、「ともに」といった言葉が響き合うため、夫婦の長寿を願う歌として人々の間に広まりました。
夫婦がそろって白髪になるまで長生きすることを「共白髪」と呼ぶ言い方は、この俗謡より前からありました。17世紀前期の『毛詩抄(もうししょう)』には「ともしらか」という用例があり、『傾城島原蛙合戦』(1719年・江戸時代中期)にも「末は尾上の友しらが」とあります。夫婦が白髪になるまで連れ添うことは、古くから婚姻や長寿を祝うめでたい願いでした。
この俗謡の背景には、能『高砂(たかさご)』(室町時代、世阿弥作)に描かれた老夫婦の姿もあります。『高砂』では、高砂と住吉の松の精である尉(じょう)と姥(うば)が、遠く離れていても通い合う夫婦として現れ、相生(あいおい)の松のいわれを語ります。この作品は、夫婦の愛、長寿、平和、繁栄を祝う代表的な能として親しまれてきました。
「お前百までわしゃ九十九まで」という言葉そのものが『高砂』のせりふなのではなく、『高砂』の尉と姥のように、ともに老いる「偕老」の願いを込めた俗謡です。老人が道具を手にした『高砂』のめでたい姿と、白髪になるまで連れ添う夫婦の理想とが重なり、婚礼や長寿の祝いにも似合う表現となりました。
昭和14年の太宰治『女生徒』にも、「おまえ百まで、わしゃ九十九まで」という意味の小唄に触れる箇所があります。このころには、夫婦や家族の長寿を願う言葉として広く知られ、作品の中で説明なしに引かれるほど定着していました。
このように、「お前百までわしゃ九十九まで」は、夫婦が白髪になるまで連れ添うという古くからの願いを、七・七・七・五の親しみやすい俗謡にしたものです。現在も、仲のよい夫婦をほほえましく表したり、二人の末永い健康と幸せを願ったりすることわざとして使われています。
「お前百までわしゃ九十九まで」の使い方




「お前百までわしゃ九十九まで」の例文
- 祖父母は毎朝仲よく散歩しており、まさにお前百までわしゃ九十九までを絵に描いたような夫婦だ。
- 金婚式の席で、父は両親にお前百までわしゃ九十九までと声をかけた。
- お前百までわしゃ九十九までの願いどおり、二人は白髪になっても支え合って暮らした。
- 結婚式の祝辞には、新郎新婦への願いを込めて、お前百までわしゃ九十九までという言葉が添えられた。
- 病気を乗り越えた妻に、夫はお前百までわしゃ九十九までなのだから、これからも一緒に歩もうと誓った。
- 長年連れ添った二人の穏やかな笑顔から、お前百までわしゃ九十九までという言葉が思い浮かんだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・世阿弥『高砂』室町時代。
・太宰治『女生徒』1939年。























