【ことわざ】
起きて働く果報者
【読み方】
おきてはたらくかほうもの
【意味】
病気で寝込まず、健康に働けることこそ、何よりも幸福であるということ。


【英語】
・Health is better than wealth(健康は富に勝る)
【類義語】
・健康は富に勝る(けんこうはとみにまさる)
「起きて働く果報者」の語源・由来
「起きて働く果報者」は、床から起きて日々の仕事に励める人を、幸福に恵まれた「果報者」と呼ぶことわざです。豊かな暮らしでなくても、病気で寝込まずに働ける健康があれば、それは大きな幸福であるという考えを表します。
「果報者」の「果報(かほう)」は、もともと仏教の言葉です。過去の行いが原因となり、その結果として後に受ける報いを指し、もとの意味では、よい報いだけでなく悪い報いも含んでいました。
その後、日常の言葉として使われるうちに、「果報」は、よい巡り合わせや幸福を表すことが多くなりました。「果報者」も、よい運に恵まれた人、幸せ者という意味で広く使われるようになりました。
「果報者」という表現の古い形には、南北朝時代ごろの『曾我物語(そがものがたり)』(作者不詳)に出てくる「くゎほうしゃ」があります。ここでは、源頼朝ほど幸運に恵まれた人は先祖の中にもいない、という意味で使われています。
また、『四河入海(しかじっかい)』(1534年成立・室町時代後期、笑雲清三編)には、17世紀初め以前の用例として、「此夫人は果報者ぞ。なぜになれば、夫もよく子もよきほどにぞ」とあります。よい夫と子に恵まれた女性を「果報者」と呼んでおり、このころには、幸福な人を表す言葉として定着していたことが分かります。
このように、「果報者」は、もともとの仏教的な意味を背景にもちながら、暮らしの中で幸運に恵まれた人を表す言葉となりました。「起きて働く果報者」では、財産や高い身分ではなく、健康に活動できることが「果報」として捉えられています。
ここでいう「起きて」は、単に朝早く起床するという意味ではありません。病床に伏して暮らす状態と対照させ、床を離れて自分の力で日々の務めを行えることを表しています。
「働く」も、財産を得るために休まず働き続けることだけを指すのではありません。家事や仕事など、その人が担う日々の務めに健康な体で取り組めることを表しており、無理な働き方を勧める言い方ではありません。
このことわざの形は、岡本米蔵の『我か往く処』(大正8年、岡本米蔵著)にも出てきます。同書では、「起きて働く果報者」という言葉に続けて、貧しくても健康に恵まれ、若いころから働いてきた人の幸福が語られています。
そこでは、豊かな財産を持つことよりも、病気で床に伏すことなく、自分の力で働ける境遇が重んじられています。少なくとも大正時代には、現在とほぼ同じ意味で、この言い方が用いられていたことが分かります。
英語の「Health is better than wealth.」も、富より健康のほうが大切であるという、よく似た考えを表します。「起きて働く果報者」は、その考えを、床から起きて働く人の具体的な姿によって言い表したことわざです。
「起きて働く果報者」は、幸福を特別な成功や大きな財産だけに求めず、健康に起きて働ける平凡な一日の中にも見いだす言葉です。当たり前に思いやすい健康と日々の営みが、実はかけがえのない恵みであることを伝えています。
「起きて働く果報者」の使い方




「起きて働く果報者」の例文
- 一週間寝込んだあと、祖父は畑に立てる喜びをかみしめ、起きて働く果報者だと言った。
- 母は忙しい朝にも、家族の弁当を作れる自分は起きて働く果報者だと笑った。
- けがから職場に戻った職人は、起きて働く果報者という言葉を身にしみて理解した。
- 豊かな暮らしでなくても、夫婦は健康に店を切り盛りできる毎日を起きて働く果報者と受け止めている。
- 地域の清掃に参加した祖母は、仲間と動ける今こそ起きて働く果報者だと語った。
- 病気で休職した経験から、彼は起きて働く果報者であることを当たり前と思わなくなった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・現代言語研究会著『日本語を使いさばく 故事ことわざの辞典』あすとろ出版、2007年。
・日外アソシエーツ『英和 用語・用例辞典』。
・笑雲清三編『四河入海』1534年。
・岡本米蔵『我か往く処』培風館、1919年。























