【ことわざ】
恩を仇で返す
【読み方】
おんをあだでかえす
【意味】
受けた恩に報いないばかりか、かえって恩を受けた相手に害を加えること。


【英語】
・bite the hand that feeds you(助けてくれる人に悪いことをする)
【類義語】
・飼い犬に手を噛まれる(かいいぬにてをかまれる)
・陰に居て枝を折る(かげにいてえだをおる)
【対義語】
・仇を恩で報いる(あだをおんでむくいる)
「恩を仇で返す」の語源・由来
このことわざは、「恩」と「仇」を正反対のものとして並べ、「受けたものを返す」という形にした表現です。「仇」は、ここでは敵そのものを指すのではなく、恨みや相手に与える害を表します。そのため、善意には善意で応じるべきところを、反対に害で返すという強い対照が生まれます。
古い実例としては、『天草版伊曽保物語(あまくさばんいそほものがたり)』(文禄2年〔1593年〕・安土桃山時代)の「鹿と、葡萄の事」に登場します。この本は、イソップの物語を当時の話し言葉に訳し、ポルトガル式のローマ字で印刷したキリシタン版です。前半にはイソップの生涯、後半にはさまざまな寓話が収められています。
「鹿と、葡萄の事」では、狩人に追われた鹿が、ブドウのつるの中に身を隠します。狩人は鹿に気づかず、その場を通り過ぎたため、鹿は命が助かったと思いました。
ところが、安心した鹿は、自分の体を隠してくれたブドウの葉を食べ始めます。その音を聞いた狩人が引き返し、鹿を見つけて矢で射ました。鹿は、自分の命を救ってくれたブドウの葉を食べたために、この罰を受けるのだと悟って死にます。
この話の末尾には、「恩を仇を持って報ずれば、天罰逃れず」とあります。恩を受けた相手に害を与えれば、相応の罰を免れないという教訓です。鹿が自分を守ってくれたブドウを傷つけた行為が、現在の「恩を仇で返す」という意味に直接つながっています。
天草版の原文はローマ字で書かれており、この箇所の「仇」は「atavo」と記されています。つまり、ここでは現代の「あだ」ではなく、「あた」と読まれていました。「仇」は、古くは清音の「あた」と読まれ、後に「あだ」という読みが一般的になりました。
ただし、1593年の古い用例は、現在の形と一語一句同じではありません。この古い例では、「返す」ではなく「報ずる」が使われています。現在も「恩を仇で報ずる」は、「恩を仇で返す」と同じ意味を表す形として扱われており、動詞が変わっても、「受けた恩に害で応じる」という表現の骨組みは受け継がれています。
『伊曽保物語』は、江戸時代初期にも、古い活字を使った本や挿絵を入れた本として刊行されました。万治2年(1659年)に出版された絵入りの版も残っており、こうした刊行は、物語とその教訓が後の時代へ伝わっていく土台になったと考えられます。
昭和31年(1956年)の三島由紀夫『白蟻の巣』には、「今度は恩を仇で返したんですもの」と、現在と同じ形が使われています。この用例でも、単に感謝をしないという軽い意味ではなく、相手を裏切って害を与えたことへの強い非難を表しています。
このように、「恩を仇で返す」は、命を救ってくれたブドウを鹿が傷つけた寓話の教訓を伝える古い表現から、恩人を裏切る行為を厳しく責める現在のことわざへと定着しました。
「恩を仇で返す」の使い方




「恩を仇で返す」の例文
- 長年支えてくれた先生を陥れるのは、恩を仇で返す行為だ。
- 助けてくれた友人の秘密を言いふらすなど、恩を仇で返すにもほどがある。
- 会社の大切な情報を持ち出した彼は、恩を仇で返す人物として信用を失った。
- 宿を貸してくれた人の金品を盗むことは、恩を仇で返すことにほかならない。
- 支援者をだまして利益を得た団体は、恩を仇で返すと厳しく批判された。
- 困っているときに助けてくれた隣人へ嫌がらせをするとは、恩を仇で返すようなものだ。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・江口正弘編『天草版伊曽保物語―影印及び全注釈・言葉の和らげ―影印及び翻刻翻訳』新典社、2011年。
・『天草版伊曽保物語』1593年。
・Colin McIntosh編『Cambridge Advanced Learner’s Dictionary 第4版』Cambridge University Press、2013年。























