【ことわざ】
胡坐で川
【読み方】
あぐらでかわ
【意味】
自分ではほとんど努力せず、苦労もなく物事がきわめて都合よく運ぶことのたとえ。


【英語】
・fall into one’s lap(向こうから好都合なものが手に入ること)
・get a free ride(苦労せずに利益や便宜を受けること)
・without lifting a finger(少しも力を出さずに)
【類義語】
・濡れ手で粟(ぬれてであわ)
・棚から牡丹餅(たなからぼたもち)
・開いた口へ牡丹餅(あいたくちへぼたもち)
【対義語】
・蒔かぬ種は生えぬ(まかぬたねははえぬ)
・虎穴に入らずんば虎子を得ず(こけつにいらずんばこじをえず)
・働かざる者食うべからず(はたらかざるものくうべからず)
「胡坐で川」の語源・由来
このことわざは、だれか一人の逸話から生まれた故事成語ではなく、ありえないほど楽な動作を大きく言ってできた、たとえの表現と考えるのが自然です。古いことわざ集には、片仮名でアグラデ河と立てる書き方も伝わっています。
胡坐は、足を組んで楽に座ることです。別の書き方として安坐もあり、こちらも同じく、くつろいで座ること、あぐらをかくことを表します。
ところが、川を渡るときには、本来、立って足元を確かめ、流れや深さに気をつけなければなりません。そこを、あぐらをかいたままで渡るというのですから、現実にはありえないほど楽で、体をほとんど使わずにすむ姿が強く思い浮かびます。
つまり、この言い方のもとには、むずかしいはずのことが、まるで手間も苦労もなく片づいてしまう、という誇張があります。ただ楽だというだけでなく、拍子抜けするほど都合よく進む感じまで、短いことばの中にこめているのです。
古いことわざ集に加賀の諺とあることから、もとは加賀地方で言いならされた表現として伝わっていたらしいです。土地のことばとして生まれたものが、意味の分かりやすさのために、ほかの地域にも広がっていったと考えると無理がありません。
一方で、このことわざについては、ここが必ず最初だと一つの年や一冊の本に決めてしまうのはむずかしいところがあります。古い形が残っていても、ことばそのものは、それより前から口伝えで使われていたことが少なくないからです。
表記には、安坐で川、胡坐で川、胡座で川などのゆれがあります。けれども、読みは同じあぐらでかわで、意味も大きく変わりません。
このことわざで大事なのは、ただ楽であることではありません。自分ではほとんど力を出さないのに、まわりの助けや、すでに整った条件のおかげで、物事が好都合に進むところにあります。
そのため、今の使い方でも、準備がすでに済んでいて自分は少し動くだけでよい場合や、仕組みの上で苦労せず利益を受ける場合によく合います。反対に、こつこつ努力して道を開く場面には、ふつうは使いません。
古い形にアグラデ河とあるのも興味深い点です。今のひらがな交じりの書き方よりも古風ですが、意味そのものは今とほぼ同じで、骨を折らずに事が運ぶことを言っています。
こうして見ると、胡坐で川は、特別な物語を背負ったことばというより、だれにでもすぐ伝わる強いたとえから育ったことわざです。ありえないほど楽な川渡りの姿を借りて、努力せずにうまくいくありさまを、短く印象深く言い表したものだといえるでしょう。
「胡坐で川」の使い方




「胡坐で川」の例文
- 兄が前年の理科発表で集めた資料を残してくれていたので、私は胡坐で川で下調べを終えた。
- 前任者が仕事の手順書を細かく整えてくれており、新しい担当になった私は胡坐で川だった。
- 祖母が作り置きのおかずを毎週持たせてくれたので、一人暮らしを始めた兄はしばらく胡坐で川の毎日を送った。
- 会場、道具、役割分担まで町内会が決めてくれていて、今年の祭り当番は胡坐で川だった。
- 親会社の支援で販路が最初から整っていたため、その新規事業は胡坐で川に近い出発となった。
- 申請書の書き方まで窓口でていねいに教えてもらえたので、その支援制度は胡坐で川だと感じた。























