【ことわざ】
明き所には王法あり、暗き方には神明あり
【読み方】
あかきところにはおうほうあり、くらきかたにはしんめいあり
【意味】
人に見える所では国の法が働き、人に見えない所でも神が見ているので、悪事や不正は隠し通せず、その報いを免れないという戒め。


【類義語】
・天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず)
「明き所には王法あり、暗き方には神明あり」の語源・由来
このことわざは、人の目に触れる「明き所」と、人に隠れて行動できる「暗き方」とを向かい合わせ、どこであっても悪い行いは許されないという戒めを表します。明るい場には世の法による裁きがあり、暗い場にも神の見通す力が及ぶ、という組み立てになっています。
「王法(おうほう)」は、国王の定めた法令や政治、また、世の支配者による法を指す言葉です。古くは「おうぼう」と読まれ、のちには「おうほう」という読みも用いられるようになりました。
この言い回しに近い古い用例は、山東京伝作・歌川豊国画の読本(よみほん)『昔話稲妻表紙(むかしがたりいなずまびょうし)』(1806年・江戸時代後期)に出てきます。この作品は、浄瑠璃(じょうるり)や歌舞伎(かぶき)の不破名古屋狂言(ふわなごやきょうげん)を踏まえ、名古屋山三郎の復讐を軸とした御家騒動(おいえそうどう)を描く物語です。
『昔話稲妻表紙』第三巻には、「あきらかなる所には王法(ワウボフ)あり、くらき所には神霊あり」とあります。人の目に触れる所では法が悪事を裁き、人目から隠れた所でも神の力が悪事を見逃さない、という意味を表す言葉です。
この古い用例と、現在伝わる「明き所には王法あり、暗き方には神明あり」との間には、言葉の形に違いがあります。古い形の「あきらかなる所」は「明き所」に、「くらき所」は「暗き方」に整えられ、末尾の「神霊」は「神明」となっていますが、世の法と神の裁きとを並べる骨組みは共通しています。
「明き」と「暗き」、「王法」と「神明」を対にすることで、目に見える取り締まりと、目には見えない道徳の戒めとが、一つの言葉に結びついています。そのため、ただ悪事が露見するという意味にとどまらず、人が見ていない時にも正しい行いを選ぶよう促す、重い戒めとして用いられます。
現在では、かくれて行う不正、うそによるごまかし、名を隠して人を傷つける行為などを戒める場面にも、このことわざを用いることができます。人前で取り締まられるかどうかだけでなく、自分の行いそのものを正すべきだという教えにつながる言葉です。
「明き所には王法あり、暗き方には神明あり」の使い方




「明き所には王法あり、暗き方には神明あり」の例文
- テストで答えを盗み見て隠そうとした弟に、父は明き所には王法あり、暗き方には神明ありという教えを説いた。
- だれも通らない夜道で看板を壊して逃げても、明き所には王法あり、暗き方には神明ありで、責任を免れるものではない。
- 家の貯金箱からこっそりお金を取るのは、明き所には王法あり、暗き方には神明ありに背く行いだ。
- 匿名の投稿だから人を傷つけても分からないと思うのは、明き所には王法あり、暗き方には神明ありを忘れた考え方だ。
- 帳簿の数字を書き換えて利益を多く見せた担当者は、明き所には王法あり、暗き方には神明ありの通り、ついに不正を問われた。
- 地域の倉庫から備品を持ち出した者は、明き所には王法あり、暗き方には神明ありという戒めの重さを思い知った。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・小学館『デジタル大辞泉』。
・山東京伝作、歌川豊国画『昔話稲妻表紙』文化3年(1806)刊。























