【ことわざ】
顎の雫、口に入らぬ
【読み方】
あぎとのしずく、くちにいらぬ
【意味】
手近にあるものでも、簡単には手に入らず、思うようにならないことのたとえ。


【英語】
・so near and yet so far.(あと少しで手に入りそうなのに、結局届かないこと)
・out of reach.(達成できない、手が届かないこと)
【類義語】
・頤の雫(おとがいのしずく)
【対義語】
・濡れ手で粟(ぬれてであわ)
・棚から牡丹餅(たなからぼたもち)
「顎の雫、口に入らぬ」の語源・由来
「顎の雫、口に入らぬ」は、あごについた雫が口のすぐ近くにありながら、口の中には入らないという身近な体の動きから生まれたことわざです。近くにあるものでも、自分の思いどおりに得られるとは限らない、という教えを短く言い表しています。
「雫」は、水のしたたりを表す言葉です。したたり落ちる小さな水を思い浮かべると、このことわざのたとえが分かりやすくなります。
「顎」は、一般には「あご」と読む字です。ただし、このことわざでは「あぎと」と読む形が伝わっており、古い言い回しの響きを残しています。
このことわざに深く関係する形に、「頤の雫(おとがいのしずく)」があります。「頤」は、あご、特に下あごを表す古風な言葉です。
「頤の雫」は、下あごについた雫がすぐ近くにあるにもかかわらず、口には入らないことから、手近にあっても自分の思うようにはならないことを表します。「顎の雫、口に入らぬ」は、この意味をさらに分かりやすく言い開いた形といえます。
古い用例として、『娥歌かるた』(1714年ごろ・江戸時代中期の浄瑠璃)一に「はや奥様が有るからは、おとがひの雫、かなはぬ浮世」とあります。これは、相手にすでに奥様がいるため、望んでもかなわない世の中だ、という文脈で使われています。
この用例では、「顎」ではなく「おとがひ」と書かれています。現代の表記でいえば「頤」に当たり、下あごを表す言葉です。
「おとがひの雫、かなはぬ浮世」という古い形には、欲しいものが近くにあるのに、どうにもならないという思いがこめられています。単に遠くて届かないのではなく、目の前にありながら自分のものにならないところが、このことわざの大切な点です。
その後、このたとえは「あごのしずく」という形でも理解されるようになりました。顎や頤についた雫は、位置としては口に近いものの、口の中へ自然に入るわけではありません。
「口に入らぬ」という後半は、この比喩の意味をはっきり示す働きをしています。雫が口元に近いことと、口に入らないことを対照させることで、「近い」と「得られる」は同じではないと伝えています。
このことわざは、努力を否定する言葉ではありません。むしろ、近くに見えるものほど、手に入ったつもりになって油断しやすいことを戒めています。
現在では、欲しい賞、希望する役、目の前の利益、あと少しで届きそうな成果などについて使えます。手の届くところにあるように見えても、最後まで自分のものになるとは限らないという、世の中の思いどおりにならなさを表すことわざです。
「顎の雫、口に入らぬ」の使い方




「顎の雫、口に入らぬ」の例文
- 優勝まであと一点だったが、最後に逆転され、顎の雫、口に入らぬ結果となった。
- 希望の役はすぐ近くまで来ていたのに、別の人に決まり、顎の雫、口に入らぬ思いをした。
- 契約の話はまとまりかけていたが、条件が合わず、顎の雫、口に入らぬ形で終わった。
- 合格点までわずか一点足りず、顎の雫、口に入らぬ悔しさが残った。
- 欲しかった本が目の前で売り切れ、顎の雫、口に入らぬとはこのことだと思った。
- あと少しで成功するところまで進んでも、最後に手に入らないことがあり、顎の雫、口に入らぬという言葉がよく当てはまる。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会『漢字ペディア』。
・『娥歌かるた』1714年ごろ。























