【ことわざ】
赤子のうちは七国七里の者に似る
【読み方】
あかごのうちはななくにななさとのものににる
【意味】
生まれたばかりの赤ん坊は、顔立ちの特徴がまだはっきりしないため、似ていると思って見れば、あちこちのだれにでも似て見えるということ。


【類義語】
・幼子の顔は七回変わる(おさなごのかおはななかいかわる)
「赤子のうちは七国七里の者に似る」の語源・由来
「赤子」は、生まれてまだ間もない子、すなわち赤ん坊を指す言葉です。「赤児」とも書かれ、古い日本語の文章にも「あかご」の意味で用いられてきました。
このことわざの初めに「赤子のうちは」とあるのは、顔立ちが成長の途中にある限られた時期を示すためです。大人になってからの似顔を決める言葉ではなく、生まれて間もない子の顔が、まだ一つの特徴に定まりにくいことを表しています。
「七国七里」は、文字どおり七つずつの土地だけを指すのではなく、あちこちの土地、ひいてはさまざまな人々を広く表す言い方です。「七」を重ねることで、身近な家族だけでなく、見る人が思い浮かべる多くの相手にまで似て見えるという広がりを、強く伝えています。
また、「似る」は、赤ん坊の血筋を言い当てるという意味ではありません。目元を見れば父親に、口元を見れば祖母に、寝顔を見れば別の親類に似て見えるというように、見る側がさまざまな面影を見いだす場面を、一つの言葉にまとめています。
この言い方の舞台は、赤ん坊を囲む暮らしの場です。生まれた子を見た大人たちが、だれに似ているかを楽しげに言い合う一方で、今の顔つきだけで決めるのは早いと受け止める知恵が、この一句に収まっています。
意味の近い「幼子の顔は七回変わる」は、幼い子の顔立ちは変わりやすいということを表します。それが、成長につれて顔立ちが移り変わる側面を言うのに対し、「赤子のうちは七国七里の者に似る」は、生まれたばかりの顔が多くの人に似て見える側面を、より具体的に語っています。
したがって、このことわざは、赤ん坊の顔を見て、今すぐだれ似かを決めようとするよりも、これから育っていく姿を温かく見守ろうとする場面によく合う言葉です。「赤子」「七国七里」「似る」という三つの言葉が合わさり、幼い顔の変わりやすさと、人々がさまざまな面影を見いだす楽しさとを、親しみ深く伝えています。
「赤子のうちは七国七里の者に似る」の使い方




「赤子のうちは七国七里の者に似る」の例文
- 家族は生まれたばかりの弟を見て、赤子のうちは七国七里の者に似るものだと笑い合った。
- 母方の祖母にも父方の祖父にも似て見える妹に、赤子のうちは七国七里の者に似るという言葉がよく当てはまる。
- 親戚がそれぞれ赤ん坊を自分に似ていると言うので、父は赤子のうちは七国七里の者に似ると話した。
- 新生児の写真だけで父親似と決めるのは早く、赤子のうちは七国七里の者に似るという見方もある。
- 同僚の赤ちゃんの写真を見て意見が分かれ、職場で赤子のうちは七国七里の者に似るという言葉が話題になった。
- 成長した姉のアルバムを見返すと、赤子のうちは七国七里の者に似るとはよく言ったものだと思われた。
主な参考文献
・尚学図書編『故事ことわざの辞典』小学館、1986年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。























