【ことわざ】
秋葉山から火事
【読み方】
あきばやまからかじ
【意味】
他人を戒める立場の者が、自分でその戒めた過ちを犯すことのたとえ。


【英語】
・practice what you preach(人に説くことを、まず自分で実行する)
・Physician, heal thyself.(人を正そうとする前に、まず自分を正せ)
【類義語】
・火消しの家にも火事(ひけしのいえにもかじ)
・愛宕から火を出す(あたごからひをだす)
【対義語】
・まず隗より始めよ(まずかいよりはじめよ)
・率先垂範(そっせんすいはん)
「秋葉山から火事」の語源・由来
このことわざの土台にあるのは、火を防ぐことで名高い秋葉山から、よりによって火事が起こるという、強い逆さまの発想です。火事を防ぐはずの場所から火が出るからこそ、意外さと皮肉が際立ちます。
ここでいう秋葉山は、現在の静岡県浜松市天竜区にある秋葉山本宮秋葉神社のことです。社の由緒では、創建は709年(和銅2年・奈良時代)と伝えられています。
この山は、中世には秋葉大権現と呼ばれ、広く信仰を集めました。山そのものが霊山として仰がれ、後の時代まで特別な力を持つ場所として受け止められてきました。
今の秋葉神社でまつられているのは、火之迦具土大神(ひのかぐつちのおおみかみ)です。御神徳は、火の恵みを与え、悪い火を鎮める火防の神として説明されており、火災消除の信仰の中心になってきました。
秋葉山では、今も12月15日と16日に火まつりが行われています。ことわざの中の秋葉山が、火と深く結びついた山であることは、この祭りの伝統からもよく分かります。
もともと秋葉大権現の利益は武運長久に重きがありましたが、江戸時代になると事情が変わります。大火が町を苦しめる時代になると、秋葉山は火防の力を願う民衆の信仰を強く集めるようになりました。
そのため、各地から参詣者が秋葉山を目指し、山へ向かう道は秋葉街道や秋葉道と呼ばれるようになりました。街道沿いや宿場には、火防を願う秋葉灯籠も建てられ、信仰は日々の暮らしの中にまで広がっていきました。
実際、浜松市中央区市野町に残る秋葉灯籠には、1760年(宝暦10年・江戸時代中期)の銘を持つ古いものがあると伝えられています。こうした具体的な遺物からも、秋葉信仰が町や村の生活の中に深く根づいていたことがうかがえます。
秋葉山本宮秋葉神社の由緒にも、江戸時代には全国に秋葉講が結成され、街道が参詣者でにぎわったとあります。つまり、秋葉山は一地方の山ではなく、広い範囲で火事よけの象徴として知られる存在になっていたのです。
だからこそ、そんな秋葉山から火事が出るという言い方は、聞いた人に強い違和感を与えます。火事を防ぐはずのものが、そのまま失敗の元になるという逆転が、このことわざのいちばん大事な仕組みです。
そこから意味は広がり、ただの失敗ではなく、人をいさめる側の人が自分で同じあやまちを犯す場合を指すようになりました。先生、役人、指導者、委員、親など、立場のある人に使うと、とくにぴたりとはまります。
このことわざは、秋葉山そのものの信仰の重さがあってこそ成り立つ表現です。火を防ぐ山として広く知られた歴史があるから、そこから火事という取り合わせが、強い皮肉として今も通じるのです。
「秋葉山から火事」の使い方




「秋葉山から火事」の例文
- 校内放送で廊下を走らないよう注意した放送委員が、休み時間に自分で走って先生に叱られたのは、秋葉山から火事である。
- 子どもに電気の消し忘れを注意していた父が、台所の明かりをつけたまま寝てしまったのでは、まさに秋葉山から火事だ。
- 提出期限を守れと部員に言っていた部長自身が感想文を出し遅れたので、友人たちは秋葉山から火事だと苦笑した。
- 運動会の用具係に片づけの確認を呼びかけた係長が、自分のゼッケンを校庭に置き忘れたのは、秋葉山から火事と言うほかない。
- 情報管理の研修を担当した社員が社外秘の書類を机に置き忘れた件は、秋葉山から火事として社内で重く受け止められた。
- 交通安全を呼びかける立場の者が自分で信号無視をしたなら、秋葉山から火事と非難されてもしかたがない。























