【故事成語】
遏雲の曲
【読み方】
あつうんのきょく
【意味】
空を流れる雲をとどめるほどの、すばらしい音楽や歌声。特に、聞く人を深く引きつける見事な歌や演奏をほめる表現。


【類義語】
・雲を遏む(くもをとどむ)
・梁塵を動かす(りょうじんをうごかす)
「遏雲の曲」の故事
遏雲の曲は、中国の古い書物『列子(れっし)』の「湯問(とうもん)」に出てくる話にもとづく故事成語です。『列子』は道家思想書で、現行本は八編からなり、前漢末から晋代にかけて成立したといわれます。
『列子』「湯問」には、薛譚(せったん)という人が、歌の名人である秦青(しんせい)に歌を学んだ話があります。薛譚は、まだ秦青の技をきわめていないのに、自分ではもう十分に学び尽くしたと思い、故郷へ帰ろうとしました。
秦青は、薛譚を無理に引き止めませんでした。そのかわり、郊外の道で別れの席を設け、拍子を取りながら悲しい歌を歌いました。『列子』には「聲振林木、響遏行雲」とあります。声は林の木々を震わせ、その響きは空を流れる雲をとどめた、という意味です。
この歌を聞いた薛譚は、自分がまだ秦青の深い技に及んでいないことを悟りました。そして謝って戻り、その後は二度と帰るとは言わなかったと伝わります。ここで大切なのは、秦青が言葉で叱るのではなく、実際の歌声によって薛譚に学びの深さを気づかせた点です。
「遏雲」とは、もともと「雲をとどめる」という意味をもつ漢語です。そこから、流れる雲さえ止まるほどすばらしい歌声や妙なる曲を表すようになりました。「遏雲の曲」の「曲」は、特定の一つの題名ではなく、見事な音楽や歌声をたたえるための言い方です。
日本でも、この表現は古くから漢文の世界で受け入れられていました。『本朝文粋(ほんちょうもんずい)』(1060年ごろ・平安時代中期、藤原明衡編)は、平安朝の漢詩文を集めた書物で、その巻三「弁山水」には大江澄明の文として「遏雲之唇」という形が出てきます。これは、雲をとどめるほどの歌声を連想させる表現として、「遏雲」が日本の漢文表現の中にも用いられていたことを示します。
さらに、日本語では「雲を遏む」という言い方も定着しました。この言い方も『列子』「湯問」から来ており、楽曲や歌声がすぐれていることを表します。つまり、「遏雲の曲」は、古い中国の故事から生まれ、漢文表現を通して日本語の中でも、すばらしい歌声や音楽をたたえる言葉として伝わってきた表現です。
「遏雲の曲」の使い方




「遏雲の曲」の例文
- コンクールで聞いたソプラノは、まさに遏雲の曲と呼ぶにふさわしい響きだった。
- 寺の本堂に広がった合唱は、参拝者の足を止める遏雲の曲だった。
- 祖母はラジオから流れた歌を聞き、久しぶりに遏雲の曲に出会ったと言った。
- 文化祭の独唱は、ざわついていた会場を静かにさせる遏雲の曲となった。
- 名演奏家の笛の音は、夜空まで澄んで届く遏雲の曲のようだった。
- その舞台の最後の一曲は、観客全員が息をのむ遏雲の曲として語り継がれた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・白川静著『字通 普及版』平凡社、2014年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会編『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年。
・藤原明衡編、大曾根章介・金原理・後藤昭雄校注『新日本古典文学大系27 本朝文粋』岩波書店、1992年。
・『列子』。























