【慣用句】
愛想も小想も尽き果てる
【読み方】
あいそもこそもつきはてる
【意味】
あきれ果てて、相手に対する好意や親しみの気持ちがまったく持てなくなること。


【英語】
・be completely disgusted with someone(人にすっかり愛想が尽きる)
・run out of patience with someone(人に対する我慢が尽きる)
・be fed up with someone(人にうんざりしている)
【類義語】
・愛想が尽きる(あいそがつきる)
・愛想を尽かす(あいそをつかす)
・見限る(みかぎる)
「愛想も小想も尽き果てる」の語源・由来
「愛想も小想も尽き果てる」は、「愛想が尽きる」をいっそう強くした言い方です。「愛想」は、人に接するときの態度を表す一方で、人に対する好意・信頼感も表します。そのため「愛想が尽きる」は、相手への好意や信頼が持てなくなることを表す表現として用いられます。
「小想」は「こそ」と読みます。ここでの「こそ」は、新しい意味を加える言葉ではなく、口調をよくするために添えられたものです。したがって、「愛想」と「小想」という二つの気持ちが別々に尽きるのではなく、「愛想が尽きる」を調子よく、強く言った形といえます。
この形の古い例は、江戸時代中期の浄瑠璃(じょうるり:物語を語る芸能)『蒲冠者藤戸合戦(かばのかんじゃふじとがっせん)』(1730年・江戸時代中期、並木宗助・安田蛙文作)に出てきます。この作品には、「姉に生れて其卑怯、あいそもこそもつきはてた」とあり、相手の卑怯なふるまいに対して、もう好意を保てないほど失望した言葉として読めます。
『蒲冠者藤戸合戦』は、大坂・豊竹座(とよたけざ)で初演された作品です。蒲冠者範頼(かばのかんじゃのりより)が備前国(びぜんのくに)藤戸の浦に陣を構え、平維盛(たいらのこれもり)ら平氏が海を隔てた小島に陣を構える設定をもとに、源平合戦の陰にある過去の罪や忠義を描いています。
そのような緊張した物語の中で「あいそもこそもつきはてた」と言うため、この表現には、単なる不きげんや一時の怒りではなく、人としてのふるまいに対する深い失望がこめられています。「尽きる」に「果てる」が重なることで、好意や信頼が残りなくなくなったという意味がさらに強くなっています。
古い用例では「あいそもこそもつきはてた」と仮名で書かれ、現代では「愛想も小想も尽き果てる」という漢字まじりの形でも用いられます。今の意味は、相手にあきれ果て、もう好意や信頼を持てないという点で、古い用例の強い失望の言い方と自然につながっています。
「愛想も小想も尽き果てる」の使い方




「愛想も小想も尽き果てる」の例文
- 何度注意しても約束を破る友人に、愛想も小想も尽き果てる。
- 店の会計をごまかしたうえに反省しない店員には、店長も愛想も小想も尽き果てる思いだった。
- 大事な連絡を何度も無視した相手に、仲間たちは愛想も小想も尽き果てる。
- 家族の忠告を聞かず、同じ失敗をくり返す兄に、父は愛想も小想も尽き果てる様子だった。
- 共同作業の締め切りを毎回守らない担当者に、同僚は愛想も小想も尽き果てる。
- 謝ると言いながらまた同じうそをついた友人に、愛想も小想も尽き果てるほど失望した。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・山田雅重著、亀田尚己編、中道キャサリン著『日英・慣用句の文化事典』丸善出版、2019年。
・Electronic Dictionary Research and Development Group『JMdict』。
・並木宗助・安田蛙文『蒲冠者藤戸合戦』1730年初演。























