【ことわざ】
阿漕が浦に引く網
【読み方】
あこぎがうらにひくあみ
【意味】
人に隠れてしたことや、秘密にしていたことも、何度もくり返せば、ついには人に知られてしまうことのたとえ。


【英語】
・A secret often repeated will come to light.(何度もくり返す秘密は、やがて明るみに出る。)
・What is hidden will be disclosed.(隠していることは、やがて明らかになる。)
・Murder will out.(悪事や隠し事は、いつか露見する。)
【類義語】
・隠すことは現る(かくすことはあらわる)
・壁に耳あり障子に目あり(かべにみみありしょうじにめあり)
・悪事千里を走る(あくじせんりをはしる)
【対義語】
・他言無用(たごんむよう)
・能ある鷹は爪を隠す(のうあるたかはつめをかくす)
・秘すれば花(ひすればはな)
「阿漕が浦に引く網」の語源・由来
このことわざのもとにあるのは、伊勢国の海辺として古くから知られた阿漕が浦(あこぎがうら)です。ここは伊勢神宮に供える魚をとる場と結びついて語られ、特別な海として人々の記憶に残りました。
阿漕が浦には、禁じられた海でたびたび網を引いたため、ついに見つかって処罰された漁師の伝承が伝わっています。後の時代には、母の病を治すために魚をとった平治の話として語られるようになり、阿漕塚の伝承にもつながりました。
ただし、このことわざのいちばん古い背景として大切なのは、まず和歌です。『古今和歌六帖(こきんわかろくじょう)』には、阿漕の島で網を引くことにたとえて、ひそかな逢瀬が度重なれば人に知られてしまうと詠んだ歌が伝わっています。
ここで大事なのは、最初から密漁そのものを強く責める言葉だったというより、同じ隠し事をくり返せば、やがて人目に触れるという感覚が、歌の形で早くから表されていたことです。恋の歌として詠まれた内容が、のちにもっと広い教訓として受け止められていきました。
その後、この発想は中世の作品の中へ入り、軍記物語の『源平盛衰記(げんぺいせいすいき)』にも、阿漕が浦に引く網をたとえにした歌が出てきます。ここまで来ると、阿漕が浦は、秘密の行いがくり返されて露見する場所として、かなり広く知られていたことが分かります。
さらに『太平記(たいへいき)』には、「安濃が浦に引く網」という、今のことわざにかなり近い言い回しが確かめられます。十四世紀後半には、阿漕が浦に網を引くというイメージが、隠し事の露見を表す決まった言い方として働いていたと考えられます。
室町時代以後には、能『阿漕(あこぎ)』もこの伝承を強く広めました。この曲では、禁を破って網を入れた男が亡霊となって現れ、くり返した行いの罪と苦しみが重く描かれます。
こうした物語化によって、阿漕が浦は、ただの地名ではなく、してはいけないことを何度もして、ついに知られてしまう場所として印象づけられました。ことわざの意味が、読む人・聞く人に強く伝わるようになったのは、この伝承の力も大きかったといえます。
江戸時代になると、阿漕平治の話は名所案内や芝居でも広く親しまれます。たとえば『伊勢参宮名所図会(いせさんぐうめいしょずえ)』は1797年(寛政9年・江戸時代後期)に刊行され、阿漕浦の由来を名所の物語として伝えました。
このように、古い和歌、軍記物語、能、土地の伝承が重なり合って、「阿漕が浦に引く網」は一つのことわざとして定着していきました。もとの歌では恋の秘密が主でしたが、後には隠し事一般に広がり、今では内緒の行いがくり返されて露見することをいう言葉になっています。
なお、「阿漕」はこの流れの中で、同じことをしつこく重ねることや、あつかましくむさぼることを表す言葉としても使われるようになりました。そのため、このことわざは単に秘密がばれるというだけでなく、度を越してくり返すことへの戒めも含んでいます。
「阿漕が浦に引く網」の使い方




「阿漕が浦に引く網」の例文
- 同じ言い訳で何度も塾を休んで遊びに出れば、阿漕が浦に引く網で、やがて家の人にも先生にも気づかれる。
- 兄がこっそりお菓子を買い続けていたことは、レシートが重なって見つかり、阿漕が浦に引く網となった。
- 友だちに内緒で別の約束を何度も入れていれば、阿漕が浦に引く網で、関係がぎくしゃくする。
- 文化祭の出し物を秘密にしていても、毎日同じ教室で準備を続ければ、阿漕が浦に引く網になりやすい。
- 会社で同じ方法のごまかしを重ねた結果、阿漕が浦に引く網となって、帳簿の不自然さがすぐに見抜かれた。
- 匿名のつもりで何度も同じ書き込みをすれば、阿漕が浦に引く網で、だれの投稿か周囲に知られやすくなる。























