【故事成語】
眼中の釘
【読み方】
がんちゅうのくぎ
【意味】
自分に害をなすもの、邪魔になる人や物のたとえ。強く憎んだり、取り除きたいと思ったりする相手や障害物をいう。


【英語】
・a thorn in one’s side.(いつも困らせる人や物)
・an eyesore.(目障りなもの)
【類義語】
・目の上の瘤(めのうえのこぶ)
・目の敵(めのかたき)
「眼中の釘」の故事
「眼中の釘」は、中国の「眼中釘」という言い方に通じる表現です。もとは、目の中に刺さった釘のように、痛くてたまらず、早く取り除きたいものをたとえた言葉です。
この言葉の背景には、中国五代の後晋の時代、宋州で人々を苦しめた趙在礼という人物の話があります。宋州は、現在の河南省商丘県にあたる地域です。
話の典拠は、北宋の欧陽脩が撰した『新五代史(しんごだいし)』です。『新五代史』は、中国の正史で、七十四巻から成り、五代の歴史を紀伝体で記した書物です。
『新五代史』巻四十六「雑伝第三十四」には、趙在礼がさまざまな土地を治め、行く先々で多くの財を蓄えたことが記されています。宋州にいたときには、とくに人々がその政治に苦しんだとあります。
その後、趙在礼が宋州を去ることになりました。人々は喜び合い、「眼中拔釘,豈不樂哉!」、つまり「目の中の釘が抜けたのだから、どうして楽しくないことがあろうか」と言い合いました。
この一節では、趙在礼そのものが、宋州の人々にとって目の中の釘のような存在として表されています。目の中に釘があれば、痛くて何も落ち着いて見られないように、彼の悪政は人々にとって耐えがたい苦しみだったのです。
ところが、趙在礼はその言葉を聞いて怒りました。やがて再び宋州に職を得ると、管内の戸口を調べ、一人につき千銭を取り立て、それを自ら「抜釘銭(ばっていせん)」と名づけました。
「抜釘銭」は、もともと人々が「釘が抜けた」と喜んだ言葉への仕返しとして課された悪税です。この話は、五代の時代に行われた厳しい取り立ての例として語られています。
中国語では、「眼中釘」は「所痛恨の人」、つまりひどく憎む相手をたとえる言葉として定着しました。また、「眼中丁」「眼中疔」「眼中刺」といった形も伝わっています。
日本語の「眼中の釘」も、この故事を背景に、邪魔で害になるもの、憎らしくて取り除きたいもののたとえとして使われます。単なる不満ではなく、目の中の釘のように強く気に障り、放っておけない存在を指すところに、この故事成語の特色があります。
「眼中の釘」の使い方




「眼中の釘」の例文
- 不正をくり返す業者は、地域の人々にとって眼中の釘だった。
- 古い道路をふさいでいる放置自転車は、通学する生徒たちの眼中の釘になっていた。
- 仲間の努力をいつも妨げる彼は、チームの眼中の釘と見なされた。
- 川にごみを捨てる人の存在は、清掃活動を続ける住民の眼中の釘だった。
- 公平な審査を乱す不正な働きかけは、大会運営にとって眼中の釘となった。
- 長年続いた迷惑な騒音問題が解決し、住民は眼中の釘が抜けたように安心した。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・小学館『デジタル大辞泉』小学館。
・小学館『中日辞典 第3版』小学館。
・教育部『重編國語辭典修訂本』2021年。
・欧陽脩『新五代史』。
・Cambridge University Press, Cambridge Advanced Learner’s Dictionary & Thesaurus.























