【ことわざ】
稼ぐに追い抜く貧乏神
【読み方】
かせぐにおいぬくびんぼうがみ
【意味】
どんなに働いても貧乏から抜け出せないことのたとえ。働いても働いても暮らしが楽にならない状態を、貧乏神に追い抜かれる姿にたとえる。


【英語】
・poverty still follows no matter how hard one works.(どんなに働いても貧しさがついて回る)
【対義語】
・稼ぐに追い付く貧乏なし(かせぐにおいつくびんぼうなし)
「稼ぐに追い抜く貧乏神」の語源・由来
「稼ぐに追い抜く貧乏神」は、働く人と貧乏神が追いかけ合うような姿を思わせることわざです。「稼ぐ」は、生計を立てるために一生懸命働くこと、また、働いて金銭を得ることを表します。
「貧乏神」は、人や家にとりついて貧乏にさせるという神を指します。また、貧乏や不景気、不幸を持ちこむ人のたとえにも使われます。
貧乏神という言葉は、近世になって広まった都市的な俗信と結びついています。古い例としては、1540年の俳諧に「ふくの神ひんほう神をつれられて」という形が出てきます。
このことわざの背景には、井原西鶴『日本永代蔵』(1688年・江戸時代前期、井原西鶴作)があります。『日本永代蔵』は、知恵・才覚・倹約によって富を得る町人や、放蕩によって破産する町人などを描いた浮世草子(うきよぞうし)です。
巻四の一「祈る印の神の折敷」には、京都の桔梗屋という小さな染物屋の夫婦が出てきます。夫婦は「暫時も只居せず稼げども」、つまり少しの間もぼんやりせず働いているのに、毎年の暮らしは苦しいままです。
この話では、福をもたらす神々に祈っても願いがかなわず、貧しさに困った夫婦が、かえって人の嫌う貧乏神を祭ろうと考えます。貧乏神を粗末な姿の人形にして、正月の松飾りの中に置き、元日から七草まで心をこめてもてなします。
すると貧乏神は夢に現れ、自分は長い年月、貧しい家をめぐる役であり、金持ちの家の銀を量る音や贅沢な料理を嫌うと語ります。貧しい家の薄暗い行灯や、夜中に油を切らす不自由さのほうを好んで見てきたとも語ります。
さらに貧乏神は、自分を大切に祭ってくれた恩を忘れず、この家に伝わる貧しさを、奢った長者の二代目に譲って、桔梗屋をたちまち繁盛させると告げます。その後、夫婦は染物の工夫によって成功していきます。
この話そのものは、貧乏神を祭ったためにかえって富を得るという、皮肉と滑稽を含んだ物語です。一方で、そこには「いくら稼いでも貧乏が離れない」という町人生活の苦しさも描かれています。
「稼ぐに追い抜く貧乏神」は、「稼ぐに追い付く貧乏なし」と対になる形で理解しやすいことわざです。「稼ぐに追い付く貧乏なし」は、一生懸命に働けば貧乏に苦しまないという意味ですが、「稼ぐに追い抜く貧乏神」は、その反対に、働いても貧乏のほうが先に来てしまうという見方を表します。
現在では、このことわざは、努力をしていない人を責める言葉ではなく、働いても暮らしが楽にならないつらさを、昔の俗信になぞらえて言う表現として受け取るのがよい言葉です。貧乏神という姿を使うことで、生活の苦しさを少し滑稽に、しかし切実に言い表しています。
「稼ぐに追い抜く貧乏神」の使い方




「稼ぐに追い抜く貧乏神」の例文
- 父は残業を増やしたが、修理代や学費が重なり、稼ぐに追い抜く貧乏神のような月が続いた。
- 小さな店は客が増えても仕入れ値が上がり、稼ぐに追い抜く貧乏神の苦しさを味わった。
- 兄はアルバイトをしているのに、交通費と教材費ですぐ消えてしまい、稼ぐに追い抜く貧乏神だと笑った。
- 祖母は若いころの家計を振り返り、働いても働いても楽にならない稼ぐに追い抜く貧乏神の暮らしだったと言った。
- 物価が上がる中で収入が変わらず、稼ぐに追い抜く貧乏神という言葉が身にしみた。
- 稼ぐに追い抜く貧乏神にならないよう、収入だけでなく支出の見直しも大切だ。
主な参考文献
・集英社辞典編集部編『会話で使えることわざ辞典』集英社、1989年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・井原西鶴『日本永代蔵』1688年。























