【故事成語】
騎虎の勢い
【読み方】
きこのいきおい
【意味】
物事の勢いが盛んになり、行きがかり上、途中でやめたりあとへ引いたりできなくなることのたとえ。


【英語】
・point of no return.(引き返せない段階)
・in for a penny, in for a pound.(始めた以上、困難でも最後までやる)
【類義語】
・乗り掛かった船(のりかかったふね)
「騎虎の勢い」の故事
「騎虎の勢い」は、漢語の「騎虎之勢」にもとづく故事成語です。「騎虎」は虎に乗ることを表し、虎にまたがって走り出せば、途中で降りると危ないため、降りるに降りられないという比喩を作っています。
この言葉のよく知られた典拠は、中国の正史『隋書』「后妃伝・文献独孤皇后」です。『隋書』は、唐の魏徴・長孫無忌らが編纂に関わった史書で、隋王朝の歴史を記した二十四史の一つです。
故事の場面は、北周の宣帝が亡くなった後です。のちに隋の高祖・文帝となる楊堅は、宮中にいて多くの政務を取りしきる立場にありました。
このとき、楊堅の妻である独孤皇后は、人を遣わして楊堅に「大事已然、騎獸之勢、必不得下、勉之」と伝えました。これは、大きな事態はすでにそうなってしまった、虎に乗ったような勢いであり、必ず降りることはできない、努めなさい、という意味です。
『隋書』の本文では「騎獸之勢」とあります。これは、唐の高祖李淵の祖父の名が「虎」であったため、その字を避けて「獣」に替えたものと説明されます。したがって、日本語では「騎虎の勢い」として理解されてきました。
この言葉は、独孤皇后が夫の楊堅を励ました場面に深く関わっています。すでに政権の中心に立ち、事態が大きく動き出した以上、途中で身を引くことはかえって危険であり、最後まで進むほかないという判断が、虎に乗るたとえで示されています。
一方で、北宋の類書『太平御覧』に引用された『晋中興書』にも、この言葉に関わる話が伝わります。『太平御覧』は宋の李昉らが関わった大部の書物で、日本の内閣文庫にも李昉編として伝わる写本があります。
その話では、四世紀の東晋で反乱が起こったとき、将軍の陶侃が自分の根拠地へ引き返そうとしました。すると部下が、今の情勢は「騎虎の勢い」であり、降りることはできないと述べ、陶侃を思いとどまらせたと伝わります。
この二つの伝承は、場面や人物は異なりますが、どちらも「すでに危うい勢いに乗ってしまい、途中でやめられない」という考えを示しています。隋の独孤皇后の言葉では政権掌握の重大な局面に、東晋の陶侃の話では反乱への対応という軍事的な局面に、この比喩が使われています。
日本語では、「騎虎」は虎に乗ることを表す語として受け入れられました。近世以後には、荻生徂徠の政治経済論とされる『太平策』(1719〜1722年ごろ)に「騎虎の勢になるゆへ」という用例があり、勢いがついて仕とげずにはいられない意味で使われています。
現在の「騎虎の勢い」は、勢いが強いというだけの言葉ではありません。いったん始めた物事が大きく動き出し、やめれば危険や混乱が生じるため、引き返せなくなった状態を表すところに意味の芯があります。
「騎虎の勢い」の使い方




「騎虎の勢い」の例文
- 新しい店の開店準備は騎虎の勢いとなり、もう計画を中止できなくなった。
- 大会への参加を発表した以上、チームは騎虎の勢いで練習を続けるしかなかった。
- 企画が新聞に取り上げられ、騎虎の勢いで地域全体を巻き込む行事になった。
- 一度始まった交渉は騎虎の勢いとなり、途中で降りることが難しくなった。
- 友人たちに協力を頼んだ以上、騎虎の勢いで最後まで責任を持つべきだ。
- 工事は騎虎の勢いで進み、予算を見直しながら完成を目指すことになった。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・魏徴ほか撰『隋書』唐、636年・656年。
・李昉ほか編『太平御覧』北宋、10世紀後半。























