【故事成語】
一死一生乃ち交情を知る
【読み方】
いっしいっせいすなわちこうじょうをしる
【意味】
人は生死・貧富・身分の上下など、人生の大きな変化を経験することで、人情の表裏や交際相手の本当の心を知るということ。


【英語】
・A friend in need is a friend indeed(困ったときに助けてくれる友こそ本当の友である)
【類義語】
・一貧一富乃ち交態を知る(いっぴんいっぷすなわちこうたいをしる)
・一貴一賤、交情すなわち現る(いっきいっせん、こうじょうすなわちあらわる)
「一死一生乃ち交情を知る」の故事
この故事成語は、前漢の司馬遷がまとめた歴史書『史記』の「汲鄭列伝」に出てくる言葉に基づきます。『史記』は、人物の伝記を中心に歴史を記す書物で、この言葉は、その巻の終わりに置かれた人物評の部分に出てきます。
『史記』では、汲黯(きゅうあん)と鄭当時(ていとうじ)という二人の人物について述べたあと、司馬遷は、人に勢いがあるときには客が多く集まり、勢いがなくなるとそうではなくなる、と嘆いています。すぐれた人物であっても、地位や勢いの有無によって周囲の態度が変わるという、世の中の冷たさを示す文脈です。
その感慨に続けて、下邽の翟公(てきこう)という人物の話が引かれます。翟公は廷尉(ていい:刑罰をつかさどる官)であったとき、屋敷の門が賓客でいっぱいになるほど、多くの人に訪ねられました。
ところが、翟公が官を失うと、門の外に雀羅(じゃくら:雀を捕る網)を張ることができるほど、人が来なくなりました。のちに翟公がふたたび廷尉になると、以前の客たちは、また訪ねて行こうとしました。
そのとき翟公は、門に大きく「一死一生、乃知交情。一貧一富、乃知交態。一貴一賤、交情乃見」と書きました。これは、死と生、貧しさと豊かさ、身分の高低といった大きな転変を経験して、はじめて人との交わりの本当の姿が分かる、という意味です。
この一節では、「一死一生」だけでなく、「一貧一富」「一貴一賤」も並べられています。つまり、命に関わる危難だけをいうのではなく、人生の立場が大きく変わったときに、人の心や付き合い方の真偽があらわになる、という広い意味を表しています。
日本語では、原文の「乃知交情」を読み下して、「乃ち交情を知る」と表します。また、「乃ち」と同じ読みで「即ち」と書く形も用いられ、どちらも『史記』の同じ一節に由来する言い方として伝わっています。
同じ翟公の話からは、「門前雀羅を張る」という言い方も生まれています。こちらは、訪ねる人がなく、門前がさびれる様子を表しますが、「一死一生乃ち交情を知る」は、その寂しさの背後にある人情の変わりやすさ、つまり、勢いや境遇によって人付き合いの本質が分かることに重点があります。
現在も、この故事成語は、順調なときには親しげに近づく人が多くても、苦しいときにこそ本当の交情が分かる、という教えとして使われます。人生の大きな変化が、人間関係の表面と内面をはっきりさせるという、古くからの実感を伝える言葉です。
「一死一生乃ち交情を知る」の使い方




「一死一生乃ち交情を知る」の例文
- 病気で長く休んだときに友人の態度が分かり、一死一生乃ち交情を知るという言葉を思い出した。
- 店の売り上げが落ちた途端に離れていく人を見て、店主は一死一生乃ち交情を知ると感じた。
- 地位を失ってからも変わらず支えてくれた友こそ、一死一生乃ち交情を知るの言葉にふさわしい存在だ。
- 家族が苦境に立ったとき、親類の本当の心が見え、一死一生乃ち交情を知る思いがした。
- 成功している間だけ近づく人の多さに、一死一生乃ち交情を知るという教えの重みを知った。
- 一死一生乃ち交情を知るというように、人の真心は楽なときよりも苦しいときにあらわれる。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・Cambridge University Press『Cambridge Advanced Learner’s Dictionary & Thesaurus』。
・司馬遷『史記』前漢。























