【故事成語】
移木の信
【読み方】
いぼくのしん
【意味】
約束をきちんと守ること。言ったことを実行して、人に信頼を示すこと。


【英語】
・keep one’s word(約束を守る)
【類義語】
・一諾千金(いちだくせんきん)
・言行一致(げんこういっち)
【対義語】
・食言(しょくげん)
・言行不一致(げんこうふいっち)
「移木の信」の故事
「移木の信」は、中国の戦国時代、秦(しん)の商鞅(しょうおう)が、新しい法を行う前に人々の信頼を得ようとした故事にもとづく表現です。ここでいう「移木」とは、木を別の場所へ移すこと、「信」とは、人を欺かないまことを指します。
商鞅は、衛(えい)の出身で、名を鞅、姓を公孫氏といいました。『史記(しき)』「商君列伝(しょうくんれつでん)」には、若いころから刑名の学を好み、のちに秦へ入って孝公(こうこう)に用いられた人物として記されています。
『史記』(前漢、紀元前91年ごろ完成、司馬遷著)は、黄帝から前漢の武帝までを扱う紀伝体の史書です。本紀・表・書・世家・列伝から成り、「商君列伝」は、商鞅の生涯と秦での改革を伝える列伝の一つです。
秦の孝公は商鞅を用い、商鞅は国を強くするために法を改めようとしました。『史記』には、商鞅が「国を強くし、民を利するためなら、古い制度にこだわらなくてよい」という考えを述べ、孝公がそれをよしとして変法の令を定めたことが記されています。
その新しい法には、民を五戸・十戸の組にまとめて互いに監督させること、罪を隠した者を重く罰すること、軍功のある者に爵位を与えること、農業や機織りに励む者を優遇することなどが含まれていました。人々の暮らしに深く関わる大きな改革だったため、命令を出す前に、まず人々が法を信じるかどうかが重要でした。
そこで商鞅は、国都の市場の南門に三丈の木を立てました。そして、この木を北門へ移した者には十金を与える、と人々に知らせました。
ところが、人々はあまりに簡単な仕事に高い褒美が出ることを不思議に思い、だれも木を移そうとしませんでした。約束が本当かどうかを、まだ信じられなかったのです。
商鞅はさらに、木を移した者には五十金を与える、と褒美を増やしました。すると一人の者が木を移し、商鞅はすぐに約束どおり五十金を与えました。
『史記』の原文には、「以明不欺」とあります。これは、だまさないことを明らかにするため、という意味で、商鞅がただ言葉で説明したのではなく、実際に褒美を与え、約束を守る姿を示したことを表しています。
この出来事のあと、商鞅は新しい法令を出しました。『史記』では、その後、太子が法に触れたとき、太子本人に刑を加えることはできなかったものの、太子の傅(ふ)や師に刑を加えたため、秦の人々がみな法に従うようになったことも語られます。
この故事では、「木を移す」という行為そのものよりも、「約束したことを必ず実行して、人々に信を示した」という点が大切です。そのため「移木の信」は、軽い約束を守るというだけでなく、人の信用を得るために、言葉と行いを一致させることを表す言葉になりました。
日本語では、「移木信」という形も使われてきました。『太平記』(14世紀後半成立、室町時代)には、「夫、移木の信は約を堅うせんがため」という古い用例があり、約束を堅く守るための例として、この故事が受け入れられていたことが分かります。
のちには、「移木の信」という形で、約束を固く実行すること、また人にまことを示すことをいう故事成語として定着しました。現在も、政治や組織運営だけでなく、約束を守って相手の信頼を得る場面に用いられます。
「移木の信」の使い方




「移木の信」の例文
- 新しい町長は、公約した通学路の安全対策をすぐに実行し、移木の信を示した。
- 校長は、児童との約束どおり図書室の開館時間を延ばし、移木の信によって信頼を得た。
- 小さな約束でも守り抜く姿勢に、彼の移木の信が表れている。
- 会社の代表は、発表した改善策を期限内に実行し、社員に移木の信を示した。
- 口先だけの説明では、移木の信とは言えない。
- 地域の人々は、約束を実行した役員の移木の信を見て、次の計画にも協力した。
主な参考文献
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・白川静『字通』平凡社、1996年。
・司馬遷『史記』前漢、紀元前91年ごろ。
・Merriam-Webster, Incorporated『Merriam-Webster.com Dictionary』Merriam-Webster, Incorporated。























