【故事成語】
一を聞いて十を知る
【読み方】
いちをきいてじゅうをしる
【意味】
物事の一部を聞いただけで全体を理解するほど、賢明で察しがよいことのたとえ。


【英語】
・A word to the wise is enough(賢い人には一言で十分)
【類義語】
・一を以て万を知る(いちをもってばんをしる)
・目から鼻へ抜ける(めからはなへぬける)
【対義語】
・一を知って二を知らず(いちをしってにをしらず)
「一を聞いて十を知る」の故事
この故事成語は、『論語(ろんご)』(古代中国、孔子とその弟子たちの問答や言行をまとめた経典)「公冶長(こうやちょう)」の一節にもとづきます。『論語』は、孔子の言葉や弟子たちとの問答を伝える書物で、門人たちの記録をもとに後の時代に整理され、二十編の形で伝わりました。
もとの場面では、孔子が弟子の子貢(しこう)に、「おまえと回とでは、どちらがすぐれているか」とたずねます。ここでいう回とは、孔子の弟子の顔回(がんかい)のことで、子貢は自分の名である賜(し)を用いながら、「私は回には及びません。回は一を聞いて十を知りますが、私は一を聞いて二を知るだけです」と答えます。
この一節の原文には、「回也聞一以知十、賜也聞一以知二」とあります。「一」は物事の始めや一端、「十」は物事の終わりや全体を表し、ほんの一部を聞くだけで全体を悟るほど理解が早いことを示しています。
この話では、子貢が顔回の理解力を高く認め、自分はそこまで及ばないと述べています。孔子もまた、その答えを受けて、顔回には及ばないという子貢の見方を認めるように語っています。そのため、この言葉は、単に知識が多いことではなく、わずかな説明から筋道をつかみ、全体へ正しく広げて理解する力を表すようになりました。
日本では、早い時期から「一を聞く」「十を知る」という形の言い回しが用いられました。『聖徳太子伝暦』(917年ごろ、平安時代)上には「聞一知十」の形があり、『今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)』(1120年ごろ、平安時代後期)巻二十四には「一の事を聞て十の事を悟る様也ければ」という形が出てきます。どちらも、少し教えられただけで多くを悟る、すぐれた理解力を表す用例です。
その後も、この表現は人の聡明さを表す言い方として受け継がれました。近代以後の文章にも「一を聞いて十を知る」の形で用いられ、学校の勉強、仕事、芸術、日常の判断など、さまざまな場面で「説明が少なくても本質をつかむ人」をほめる言葉として定着しました。
ただし、この故事成語が表すのは、あわてて決めつけることではありません。子貢が顔回をたたえたように、少ない手がかりから、筋道を外さずに全体を理解する力をいうところに、この言葉の大切な意味があります。
「一を聞いて十を知る」の使い方




「一を聞いて十を知る」の例文
- 新しい公式の説明を一度聞いただけで応用問題まで解いた彼は、一を聞いて十を知る生徒だ。
- 祖母は料理の手順を少し聞いただけで味付けまで整え、一を聞いて十を知る人だと家族に感心された。
- 会議で短い報告を聞いただけで問題の原因を見抜く部長は、一を聞いて十を知るところがある。
- 友人の表情と一言から悩みの全体を察した彼女は、一を聞いて十を知るような思いやりを見せた。
- 資料の一部を見るだけで企画全体の弱点を指摘した先輩は、一を聞いて十を知るタイプだ。
- 一を聞いて十を知る力があるからといって、確認を省いてよいわけではない。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『論語』。























