【ことわざ】
板子一枚下は地獄
【読み方】
いたごいちまいしたはじごく
【意味】
船乗りの仕事が、いつ命にかかわる危険にあうか分からないほど危ないことのたとえ。船底の板一枚の下が、すぐ深く恐ろしい海であることからいう。


【英語】
・He that would go to sea for pleasure, would go to hell for a pastime(遊びで海に出る者は、暇つぶしに地獄へ行くようなもの)
【類義語】
・板一枚下は地獄(いたいちまいしたはじごく)
・一寸下は地獄(いっすんしたはじごく)
「板子一枚下は地獄」の語源・由来
「板子一枚下は地獄」は、和船の構造と、船乗りの仕事の危険さから生まれたことわざです。「板子(いたご)」は、和船の舟底に敷く揚げ板を指す言葉で、船の底に敷くあげ板、また踏立板(ふたていた)とも説明されています。
和船では、人が立ったり、荷物を置いたりする場所に床板が敷かれていました。その板は、現代の頑丈な甲板とは違い、下に水の危険を感じさせる、海の仕事に密着した道具でした。
「踏立(ふたて)」は、和船の船梁(ふなばり)の間に敷きつめる床板で、揚げ板式のため水密性はないものの、甲板の役をするものです。つまり、船上の足もとは板で支えられていても、その下は安全な陸ではなく、海へ通じる場所でした。
『和漢船用集』(1766年、金沢兼光著)は、船舶に関する用語や造船技術を挿絵入りで解説した書物で、著者の金沢兼光は船大工の家に生まれた人物です。このような船の専門語の世界の中で、「板子」は和船の実際の構造に関わる言葉として用いられていました。
このことわざでは、板子の下がすぐ水中・水底へ通じることを、「地獄」という強い言葉で表しています。荒れた海で船から落ちたり、船もろとも沈んだりすれば、命を失う危険があるため、船乗りの仕事の厳しさをひとことで示す表現になりました。
「板子一枚」という形に近い前段階として、「板一枚下は地獄」という言い方もありました。浄瑠璃『夏祭浪花鑑(なつまつりなにわかがみ)』(1745年・江戸時代中期、並木千柳・三好松洛・竹田小出雲合作)には、「殊に俺は海船は嫌じゃ、板一枚下は地獄(ヂゴク)」という用例があります。
『夏祭浪花鑑』は、大坂竹本座で初演された世話物の浄瑠璃で、侠客(きょうかく:任侠に生きる人)たちを描く作品です。その作中で「海船は嫌いだ」という気持ちと結びついて使われることから、船に乗ることそのものが、命に近い危険を含むものとして受け止められていたことが分かります。
「板子一枚下は地獄」という現在の形は、洒落本『見通三世相(みとおしさんぜそう)』(寛政ごろ、振鷺亭主人述)にも出てきます。そこでは「板子(イタゴ)一枚(まい)下は地獄(ぢごく)と云々」という形で用いられ、船の床板と死の危険を結びつける言い方が、江戸時代後期にはことわざとして定着していたことを示しています。
また、「板一枚下は地獄」「板三寸下は地獄」「一寸下は地獄」のような近い形も使われました。いずれも、ほんのわずかな隔たりの下に命を脅かす危険がある、という同じ発想に立つ表現です。
やがてこのことわざは、船乗りや漁師の仕事だけでなく、壊滅的な危難にいつ遭遇するか分からない境遇のたとえとしても用いられるようになりました。ただし、中心にあるのはあくまで、船底の板一枚を隔てて深い海があるという、海の仕事に根ざした実感です。
「地獄」という言葉は大げさな飾りではなく、海で働く人にとっての切実な危険を表しています。そのため「板子一枚下は地獄」は、海の仕事への敬意と、命を守る注意の大切さを伝えることわざといえます。
「板子一枚下は地獄」の使い方




「板子一枚下は地獄」の例文
- 荒れた海へ出る漁師の仕事は、まさに板子一枚下は地獄である。
- 遠洋航海では、穏やかな日でも板子一枚下は地獄という緊張を忘れてはならない。
- 夜の救助艇に乗る隊員たちは、板子一枚下は地獄の現場で人命を守っている。
- 小さな漁船で嵐にあえば、板子一枚下は地獄という言葉の重さを思い知る。
- 船員の訓練では、板子一枚下は地獄という心構えを持ち、安全確認を徹底する。
- 海の仕事を軽く考えていたが、実際に船に乗って板子一枚下は地獄の意味が分かった。
主な参考文献
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・浄土宗大辞典編纂委員会監修、浄土宗大辞典編纂実行委員会編『新纂浄土宗大辞典』浄土宗、2016年。
・金沢兼光『和漢船用集』1766年。
・並木千柳・三好松洛・竹田小出雲『夏祭浪花鑑』1745年。
・振鷺亭主人『見通三世相』寛政年間。























