【故事成語】
一善を廃すれば衆善衰う
【読み方】
いちぜんをはいすればしゅうぜんおとろう
【意味】
小さな善行でも無視したり軽んじたりしてはならないという戒め。一つの善をしりぞけると、多くの善い行いまで衰えていくという意味。


【英語】
・No act of kindness, no matter how small, is ever wasted(どんなに小さな親切も無駄にはならない)
【類義語】
・一行失すれば百行ともに傾く(いっこうしっすればはっこうともにかたむく)
「一善を廃すれば衆善衰う」の故事
「一善を廃すれば衆善衰う」は、中国の古い兵法書『三略(さんりゃく)』に説かれた教えにもとづく故事成語です。『三略』は、上略・中略・下略の三巻から成る古代中国の兵法書で、漢の張良(ちょうりょう)が黄石公(こうせきこう)から授けられた書物と伝わりますが、後漢以後の著作とされています。
『三略』は、戦いの勝ち負けだけを説く書物ではありません。国を治める道、命令のあり方、人の善悪をどう扱うかなど、上に立つ者が人々を導くための考え方についても述べています。『六韜三略(りくとうさんりゃく)』として並べられることもあり、『三略』は、治国平天下の大道から政略・戦略を説く書物として読まれてきました。
もとの漢文には、「廢一善、則衆善衰」とあります。これは、「一つの善をしりぞければ、多くの善が衰える」という意味です。続く部分では、一つの悪をほめれば多くの悪が集まること、善い者が助けを得て悪い者が罰を受ければ国が安らかになり、多くの善が集まることが述べられています。
この一節でいう「一善」は、一つの小さな善行だけを指すのではなく、善い人の働き、正しい判断、善い行いを認める心までを含む広い意味をもちます。「廃す」は、取り上げずに退けること、または軽んじて捨てることを表します。つまり、善を一つ粗末に扱うことは、善を行う人の気持ちを弱らせ、全体の秩序を乱すきっかけになる、という教えです。
日本でも、この教えは、軍学や武士の心構えの中で受け入れられました。『甲陽軍鑑(こうようぐんかん)』品第十三には、家中の政治や人の善悪をめぐる長い記述の中で、「古語に曰く」として、この句に当たる漢文が引かれています。そこでは、よい家老の意見を聞かず、悪い者の言葉を重んじたために家中が乱れる、という文脈の中で用いられています。
『甲陽軍鑑』での使われ方から分かるように、この言葉は、単に「小さな親切を大事にしよう」というだけの意味ではありません。善い行いをした人を軽く扱うと、その人だけでなく、周りの人も「正しいことをしても意味がない」と感じやすくなります。反対に、小さな善をきちんと認めれば、ほかの善も続きやすくなります。
現在の「一善を廃すれば衆善衰う」は、政治や軍学の場面を離れ、学校、家庭、地域、仕事の場でも使える言葉となっています。だれかの小さな親切、まじめな努力、正しい発言を見過ごさず、大切にすることが、多くの善い行いを守ることにつながる、という教えとして理解できます。
「一善を廃すれば衆善衰う」の使い方




「一善を廃すれば衆善衰う」の例文
- 一善を廃すれば衆善衰うというから、係の仕事を進んで手伝った人を軽く見てはならない。
- 落とし物を届けた生徒を冷やかすのは、一善を廃すれば衆善衰うにつながる行いだ。
- 小さな寄付を笑うような態度は、一善を廃すれば衆善衰うの戒めに反する。
- 職場で地道な改善案を無視し続ければ、一善を廃すれば衆善衰うように、前向きな提案が減っていく。
- 家庭でも、一善を廃すれば衆善衰うを忘れず、弟の小さな手伝いをきちんと認めたい。
- 地域の清掃活動を一人だけの善意として片づけると、一善を廃すれば衆善衰うことになりかねない。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・神田信夫・山根幸夫編『中国史籍解題辞典』燎原書店、1989年。
・『三略』。
・高坂弾正著ほか『甲陽軍鑑』温故堂、1892〜1893年。























