【ことわざ】
看板に偽りあり
【読み方】
かんばんにいつわりあり
【意味】
外見や宣伝で示していることと、実際の中身や行動が一致していないこと。看板に掲げた内容と実際に売っているものが違うことからいう。


【英語】
・false advertising.(虚偽広告、実際と異なる宣伝)
【類義語】
・羊頭狗肉(ようとうくにく)
・看板倒れ(かんばんだおれ)
・有名無実(ゆうめいむじつ)
【対義語】
・看板に偽りなし(かんばんにいつわりなし)
・言行一致(げんこういっち)
「看板に偽りあり」の語源・由来
「看板に偽りあり」は、「看板に偽りなし」を反対にした形で、宣伝や外見と実際が食い違っていることを批判するときに使われることわざです。「看板に偽りなし」は、看板に書いてあることや公言していることと実物に違いがなく、外見と中身が一致している、という意味です。
「看板」は、もとは商店などが屋号・扱う商品・うたい文句などを書き、人目につく所に掲げた板状のものを指します。そこから、店の信用、目玉となる商品や人物、さらに表向きの名目や見せかけという意味にも広がりました。
日本の看板の歴史は古く、平安時代初期の『令義解(りょうのぎげ)』に、市で標識を立てることに関わる記述が出てきます。室町時代末期からは屋号とともに店の標識としての看板が現れ、安土桃山時代には絵看板も用いられ、江戸時代には商業の発達とともに大きく広まりました。
江戸時代の看板には、実物を掲げるもの、商品の形をまねたもの、文字を書いたもの、行灯(あんどん)や幟(のぼり)を使ったものなど、さまざまな形がありました。看板は、店の商品や商売を人に知らせ、客を引きつける大切な宣伝の役割を果たしていました。
この背景があるため、「看板に偽りなし」は、文字どおりには「店先に掲げた看板の内容と、実際の商品や商売の中身が違わない」という意味から出た言い方です。そこから、店や商品に限らず、評判・宣伝・言葉と実際の姿が一致している場合にも使われるようになりました。
古い用例としては、『大坂独吟集』(1675年・江戸時代前期)上に、井原西鶴の句として「芝居のしくみ明日はつらみせ 看板に偽のなき神無月」という形が出てきます。ここでは、芝居の看板に示されたことが偽りでない、という形で、看板と実際が合っていることを表しています。
その後、「看板に偽りなし」は、外見や評判と実質が一致していることをほめる表現として用いられました。反対に、期待に反した場合には、「看板に偽りあり」と批評する形が使われます。
「あり」と「なし」の違いは小さいように見えますが、意味は正反対です。「看板に偽りなし」は信用できることを表し、「看板に偽りあり」は、見かけや宣伝が実際と食い違っていることをとがめる言い方です。
類義語の「羊頭狗肉」は、羊の頭を看板に掲げておきながら、実際には犬の肉を売るというたとえから、外見や宣伝と内容が一致しないことを表します。「看板に偽りあり」と同じく、見せかけと中身のずれを批判する場面で使われます。
現在では、店頭の看板だけでなく、広告、商品説明、学校や会社の方針、人の発言などにも使われます。表向きの言葉が立派でも、実際の内容や行動が伴わないとき、「看板に偽りあり」という一言で、そのずれをはっきり表すことができます。
「看板に偽りあり」の使い方




「看板に偽りあり」の例文
- 大きな広告には駅から徒歩三分とあったが、実際には十五分以上かかり、看板に偽りありだった。
- 写真では豪華な弁当に見えたのに、届いた品は量も中身も違い、看板に偽りありと言わざるをえない。
- 親切な店を名乗っているのに、困っている客への対応が冷たく、看板に偽りありだと感じた。
- 自由に意見を言える会議と聞いて参加したが、発言の機会もなく、看板に偽りありだった。
- 最新設備を備えた施設と宣伝していたが、実際には古い機械ばかりで、看板に偽りありだった。
- 環境にやさしい会社とうたっていながら、ごみの分別も徹底していないなら、看板に偽りありと見られても仕方ない。
主な参考文献
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』小学館、1984〜1994年。
・平凡社『改訂新版 世界大百科事典』平凡社、2007年。
・井原西鶴ほか『大坂独吟集』1675年。
・Merriam-Webster『Merriam-Webster.com Legal Dictionary』Merriam-Webster.























