【故事成語】
汗馬の労
【読み方】
かんばのろう
【意味】
戦場で活躍した功績。転じて、物事をうまくまとめるために、あちこち駆け回ってする苦労。


【英語】
・go to great lengths.(目的のために大きな労を惜しまない)
【類義語】
・犬馬の労(けんばのろう)
・東奔西走(とうほんせいそう)
【対義語】
・労を厭う(ろうをいとう)
「汗馬の労」の故事
「汗馬の労」の「汗馬」は、馬を走らせて汗をかかせること、または走って汗をかいた馬を表す言葉です。そこから、馬が汗をかくほど戦場を駆け回る苦労や功績を表すようになりました。
この表現は、中国の古い書物に見える「汗馬之勞」という言い方と深く関わります。「之」は日本語の「の」に当たる字で、「汗馬之勞」は、のちに日本語で「汗馬の労」と読まれる形につながりました。
古い例の一つに、『韓非子』(戦国時代末期、韓非に関わる思想書)「五蠹」があります。韓非は戦国時代末期の法家の思想家で、『韓非子』には、政治や社会のあり方を論じる文章が収められています。
「五蠹」には、「棄私家之事而必汗馬之勞」という一節があります。家の仕事を捨ててまで戦いに出て、馬に汗をかかせるような軍事上の苦労を負う、という文脈で使われています。
また、『史記』(前漢、司馬遷著、前91年ごろ完成と考えられる歴史書)「晋世家」にも、近い形の表現が出てきます。『史記』は、本紀・表・書・世家・列伝から成る中国の代表的な歴史書で、全130巻にまとめられています。
「晋世家」では、晋の文公が、亡命生活に従った家臣たちに褒美を与える場面で、「矢石之難,汗馬之勞」と述べます。矢や石が飛ぶ戦場の危険に耐え、馬に汗をかかせて働いた者の功労を、褒美を受けるべき功績として数えています。
さらに、『史記』「蕭相国世家」には、現在の意味を考えるうえで大切な場面があります。漢の高祖劉邦は、項羽を破って天下を定めたあと、功臣たちの功績を論じ、蕭何を第一の功臣として厚く封じました。
武将たちは、蕭何は戦場で「汗馬之勞」を立てたことがなく、文書を扱い、議論をしただけなのに、なぜ自分たちより上なのかと不満を述べます。ここでは「汗馬之勞」が、実際に戦場で戦った功績を指す言葉として使われています。
劉邦はそれに対して、狩りで獲物を追って捕らえるのは犬だが、その獲物の居場所を見つけて指し示すのは人である、とたとえました。蕭何は前線で戦った人ではありませんが、兵糧や人員を支え、全体を動かす大きな役割を果たした人物として評価されたのです。
この故事によって、「汗馬の労」は、まず戦場での功績を表す言葉として理解されました。同時に、戦場に立つ働きだけでなく、大きな物事を支えるために走り回る苦労へと意味が広がる土台も、この話の中に含まれています。
日本語では、『信長記』(1622年・江戸時代前期)に、「汗馬の労」を尽くすという形の用例が見えます。この段階では、戦いに関わる功労を表す言い方として受け入れられていたことが分かります。
明治時代には、福沢諭吉『文明論之概略』(1875年)にも「汗馬の労」の用例があります。武力や政治の功績を語る文脈で使われ、歴史上の功労を重く評価する言葉として定着していました。
その後、「汗馬の労」は、戦場での功績だけでなく、物事をまとめるためにかけずり回る苦労を表す言葉としても使われるようになりました。現在の「会を成功させるために汗馬の労を惜しまない」のような使い方は、この意味の広がりを受けたものです。
「汗馬の労」の使い方




「汗馬の労」の例文
- 町内会の夏祭りが成功したのは、準備に走り回った役員たちの汗馬の労によるものだ。
- 新しい図書室を整えるため、先生方は本の分類や棚の移動に汗馬の労を尽くした。
- 災害後の支援物資を届けるため、多くの人が汗馬の労を惜しまなかった。
- 会社の再建には、営業部だけでなく経理部や総務部の汗馬の労も大きかった。
- 学年行事の成功のかげには、代表委員たちの汗馬の労があった。
- 祖父は地域の道路整備に汗馬の労を尽くし、今も多くの人に感謝されている。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2006年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・司馬遷『史記』前漢、紀元前1世紀ごろ。
・韓非『韓非子』戦国時代末期。
・Cambridge University Press『Cambridge Dictionary.』























