【故事成語】
回禄の災い
【読み方】
かいろくのわざわい
【意味】
火災にあうこと。火事。


【類義語】
・火災(かさい)
・火難(かなん)
・祝融の災い(しゅくゆうのわざわい)
「回禄の災い」の故事
回禄の災いの「回禄」は、中国古典に出てくる火の神の名に由来します。『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』は、歴史的な記事や説話を多く含む中国古典であり、春秋時代の出来事を伝える重要な書物です。
『春秋左氏伝』昭公十八年には、宋・衛・陳・鄭の国々で火災が起こった記事が出てきます。その中で、鄭の人々は火をしずめるために祝史(しゅくし:神をまつる職の人)を助け、国の北で火よけの祭りを行い、「玄冥(げんめい)」と「回祿」に祈ったと記されています。ここでは回祿が、火災を避けるために祈りの対象となる神として現れています。
また、中国古典の『国語』「周語上」にも、回祿の名が出てきます。そこでは、国が栄える時や滅びる時には神が現れるという話の中で、夏の国が滅びる時に「回祿」が現れた、と述べられています。回祿は、単に火をつかさどる神というだけでなく、災いを思わせる神の名としても受け止められていたことが分かります。
その後、「回禄」は、火の神の名から転じて、火災そのものや、火災にあうことを表す言葉になりました。古い日本語の用例では、『貴嶺問答(きれいもんどう)』(1185〜1190年ごろ)に「回祿之後」という形が出て、火災の後という意味で使われています。また、『平治物語(へいじものがたり)』(1220年ごろか)にも、御所の火災を指して「回祿」と書いた例があります。
「回禄の災い」というまとまった形は、『吾妻鏡(あずまかがみ)』治承四年(1180年)十月九日の条に、「建立之後、未遇回録之災」という形で出てきます。これは、建てられてから火災にあったことがなかった、という意味で、「回録之災」が火事・火災を表しています。『吾妻鏡』は鎌倉幕府の歴史を日記体で記した史書で、1180年から1266年までを扱う重要な史料です。
表記には、古くは「回祿」や「回録」などの形が出てきますが、現代では「回禄」と書くのが一般的です。もともとは火の神の名であった言葉が、「火の神による災い」という考え方を通して、火災そのものを指す表現として定着しました。そのため、現在の「回禄の災い」は、火事をやや古風に、また重みをもって言い表す故事成語として用いられます。
「回禄の災い」の使い方




「回禄の災い」の例文
- 古い寺は回禄の災いに遭い、本堂の大部分を焼失した。
- 商店街を襲った回禄の災いにより、多くの店が休業を余儀なくされた。
- 町の記録を収めた蔵が回禄の災いで焼け、貴重な文書が失われた。
- 回禄の災いを防ぐため、地域では年に一度、防火訓練を行っている。
- 工場は回禄の災いから再建され、数年後に操業を再開した。
- 祖父は回禄の災いの経験から、寝る前の火の始末を欠かさなかった。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・『春秋左氏伝』。
・『国語』。
・『吾妻鏡』。
・『貴嶺問答』。
・『平治物語』。























