【ことわざ】
烏羽の文字
【読み方】
からすばのもじ
【意味】
黒い烏の羽に墨で書いた文字のように、そのままでは読めないこと、または判別しにくいことのたとえ。


【英語】
・indecipherable writing.(判読・解読できない文字)
・illegible writing.(読みにくく、ほとんど読めない文字)
【類義語】
・烏の雌雄(からすのしゆう)
・判然としない(はんぜんとしない)
【対義語】
・一目瞭然(いちもくりょうぜん)
・明明白白(めいめいはくはく)
「烏羽の文字」の語源・由来
「烏羽」は、烏の羽を指す言葉です。黒い烏の羽に墨で文字を書けば、文字が羽の黒さに紛れて、見分けにくくなります。
この言葉の背景には、『日本書紀』(720年・奈良時代、舎人親王ら編)巻第二十、敏達天皇元年五月の記事があります。『日本書紀』は、神代から持統天皇の時代までを漢文の編年体で記した、日本最初の勅撰の歴史書です。
敏達天皇(びだつてんのう)の時代、高麗からの使者に関わる文書が朝廷にもたらされました。この「高麗」は、古代の高句麗(こうくり)を指す呼び名として用いられています。
その文書を読むために、朝廷は多くの史(ふひと:文書や記録を扱う人々)を集めました。しかし、三日のあいだ誰も読むことができず、そこで船史(ふねのふひと)の祖である王辰爾(おうしんに)が読み解いたと記されています。
記事はさらに続き、高麗の上表疏が「烏羽」、つまり烏の羽に書かれていたことを述べます。字は羽の黒さにまぎれ、読むことのできる人がいなかった、という内容です。
王辰爾は、その羽を飯を炊く湯気で蒸し、帛(はく:上質の絹布)に押し当てました。すると文字が絹に写り、すべての字を読み取ることができたとあります。
この話では、文字が難しいから読めなかったのではありません。黒い羽に黒い墨で書かれていたため、文字が見えにくく、そのままでは判別できなかったのです。
ここから、「烏羽に書く」という言い方が、はっきり分からないこと、見分けがたいことのたとえとして用いられるようになりました。烏の羽と墨の黒さが重なる場面が、判読しにくさの比喩になったのです。
古い用例としては、『日本書紀』敏達元年五月の記事に、「高麗の上れる表疏、烏羽に書けり」という形が伝わります。これは、烏の羽に書かれた文書という、もとの具体的な場面を示すものです。
江戸時代後期の川柳集『誹風柳多留(はいふうやなぎだる)』百五十一編(1838〜1840年)にも、この故事をふまえた句が出てきます。湯気で蒸して文字を写す知恵が知られていたことから、この話が後の時代にも言葉の材料として伝わっていたことが分かります。
「烏羽の文字」は、この「烏羽に書かれた文字」という場面を、名詞の形で言い表したものです。現在では、見てもすぐには読めない文字、判別しにくい文字や情報をたとえる言葉として用いられます。
「烏羽の文字」の使い方




「烏羽の文字」の例文
- 雨でぬれたメモは、インクがにじんで烏羽の文字になっていた。
- 古い手紙のすり切れた部分は烏羽の文字で、宛名を読み取れなかった。
- 暗い場所で撮った案内板の写真は烏羽の文字のようで、駅名が分からない。
- 部長の急いで書いた指示は烏羽の文字で、係の者が何度も確認した。
- 祖父のアルバムの裏書きは、色あせて烏羽の文字に近く、年月の判別が難しい。
- 研究者たちは烏羽の文字のような古文書を、光を当てる角度を変えて読み解いた。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・舎人親王ら編『日本書紀』720年。
・呉陵軒可有ほか編『誹風柳多留』1765〜1840年。
・Cambridge University Press, Cambridge Dictionary.
・Merriam-Webster, Merriam-Webster.com Dictionary.























