【慣用句】
禁断の木の実
【読み方】
きんだんのこのみ
【意味】
旧約聖書『創世記』に出てくる、神から食べることを禁じられた木の実。転じて、禁じられているために、かえって強く心を引く快楽や行動。


【英語】
・forbidden fruit.(禁じられているために魅力を増す楽しみや行為)
【類義語】
・禁断の果実(きんだんのかじつ)
「禁断の木の実」の語源・由来
「禁断の木の実」は、旧約聖書(きゅうやくせいしょ)の最初の書である『創世記(そうせいき)』に記された、エデンの園の物語にもとづく表現です。「禁断」は、ある行為を固く禁じることを表し、もともとは、神から食べることを禁じられた木の実そのものを指します。
『創世記』は、天地の創造からイスラエルの祖先たちの物語までを伝える書物です。伝統的にはモーセに結び付けられてきましたが、本文は作者を明記しておらず、古代から伝わる複数の物語や記述が、長い編纂(へんさん)の過程を経て現在の形になったと考えられています。
『創世記』第二章には、神がエデンの園に人を住まわせ、見るからに美しく、食べるのに適したさまざまな木を生えさせたとあります。園の中央には「命の木」と「善悪の知識の木」があり、神は人に、園の木の実は食べてもよいが、善悪の知識の木からだけは食べてはならないと命じました。
第三章では、蛇が女を言葉巧みに誘惑(ゆうわく)します。蛇は、その実を食べても死なず、目が開いて、神のように善悪を知る者になると語りました。女は、その木が食べるのによさそうで、賢くなるために魅力的だと思い、実を取って食べ、一緒にいた男にも渡しました。男もその実を食べました。
二人が食べると目が開き、自分たちが裸であることに気付きました。神から問われると、男は女から実を渡されたと答え、女は蛇にだまされたと答えます。こうして、神の命令に背いた二人には苦しみと死が告げられ、アダムと、のちにエバと名付けられる女は、エデンの園から追い出されました。
ただし、『創世記』の本文には、「禁断の木の実」という名がそのまま書かれているわけではありません。日本語訳では「善悪の知識の木」または「善悪を知る木」と記されており、「禁断の木の実」は、神から禁じられたその実を分かりやすく言い表した、後の呼び名です。
また、その木の実が何であったかも、『創世記』には書かれていません。西洋の絵画などでは、しばしばりんごとして描かれますが、これは後の時代に広まった伝統であり、聖書本文が実の種類をりんごと定めているわけではありません。
やがて、英語の forbidden fruit も、エデンの園の木の実だけでなく、不道徳または不法でありながらも魅力的な楽しみを表すようになりました。英語では、この比喩(ひゆ)的な用法が十七世紀初めまでに使われています。
日本語では、田山花袋の『東京の三十年(とうきょうのさんじゅうねん)』(大正6年、田山花袋著)に、「禁断の果実」が、まだ経験していない魅惑的なものを表す形で用いられています。すでにこの時期には、聖書の木の実を指すだけでなく、禁じられたものへの憧れを表す言い方として広がっていました。
有島武郎の『或る女(あるおんな)』(大正8年、有島武郎著)には、「禁断の木の実」という形が出てきます。ここでは、主人公の強い欲望を、初めて禁じられた実を口にした人間になぞらえており、『創世記』の物語を踏まえた比喩として使われています。
さらに、堀辰雄の『風立ちぬ(かぜたちぬ)』(昭和11〜13年発表、堀辰雄著)にも、「禁断の果実の味」をこっそり味わうようだという表現があります。このころには、禁じられているからこそ、いっそう魅力的に思われる楽しみを表す言い方として定着していました。
このように、「禁断の木の実」は、もとはエデンの園にあった特定の木の実を指す言葉でした。それが後に、禁止されるほどかえって欲しくなり、危険や罪を承知しながらも手を伸ばしたくなるものを表す慣用句へと、意味を広げました。
「禁断の木の実」の使い方




「禁断の木の実」の例文
- 厳しい食事制限を続ける彼にとって、店先に並ぶケーキは禁断の木の実だった。
- 立入禁止となった古い塔は、好奇心の強い少年たちには禁断の木の実のように思えた。
- 社外秘の計画書をのぞき見ることは、彼にとって危険な禁断の木の実だった。
- 規則で禁じられた近道は便利そうだが、禁断の木の実に惑わされてはいけない。
- 秘密にされた遊びほど、子どもには禁断の木の実のような魅力をもつ。
- 彼女は他人の日記を読むという禁断の木の実に手を出さず、そっと棚へ戻した。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・共同訳聖書実行委員会訳『聖書 新共同訳』日本聖書協会、1987年。
・田山花袋『東京の三十年』博文館、1917年。
・有島武郎『或る女』叢文閣、1919年。
・堀辰雄『風立ちぬ』野田書房、1938年。
・Azzan Yadin-Israel, Temptation Transformed: The Story of How the Forbidden Fruit Became an Apple, University of Chicago Press, 2023.























