【慣用句】
琴線に触れる
【読み方】
きんせんにふれる
【意味】
よいものやすばらしいものに接して、心の奥深くに感動や共鳴を覚える。


【英語】
・strike a chord with someone.(人の心に響き、共感を呼ぶ)
【類義語】
・心に響く(こころにひびく)
・胸を打つ(むねをうつ)
【対義語】
・無感動(むかんどう)
「琴線に触れる」の語源・由来
「琴線」のもともとの意味は、琴などの弦楽器に張られた糸です。弦に指などが触れると振動して音が響くことから、心の奥にある感動しやすい部分を琴の糸になぞらえ、「琴線」と呼ぶようになりました。
「琴線に触れる」は、外から与えられた言葉や音楽、行いなどが、心の中に張られた見えない弦へ触れ、美しい響きを生み出すように感情を動かす、という比喩です。「触れる」のは、怒りや弱点ではなく、感動や共鳴を生じやすい心情です。
この比喩を用いた古い例として、『国民之友』第十七巻第二百七十五号(1895年・明治時代、民友社刊)に、抱一庵主人の「依田学海氏の小説」があります。その中に、「既に信ならず、如何んぞ人情の琴線に接触し、威信の以て人を服し、活趣の以て人を移すを得んや」とあります。
この文章は、作品に真実らしさがなければ、人間の感じやすい心情に触れ、読者を引きつけたり感化したりすることはできない、という意味です。現在の「触れる」ではなく「接触する」という形ですが、すでに「琴線」が、感動や共鳴を生む心の部分を表していました。
現在の形にいっそう近い用例は、宮崎湖処子編『抒情詩(じょじょうし)』(1897年・明治時代、民友社刊)に収められた、国木田独歩の「独歩吟」に出てきます。その序文には、「当時火の如かりし自由の理想を詠出し、永く民心の琴線に触れしめたる者あらず」とあります。
ここでは、燃えるような自由の理想を詩に表し、人々の心を長く感動させた者はいなかった、という内容を「民心の琴線に触れしめる」と表しています。「琴線」と「触れる」とが結びつき、人の心に深い共鳴を起こすという現在の用法が、明治時代にはすでに用いられていたことが分かります。
一方、夏目漱石の『吾輩は猫である』(1905〜1906年・明治時代)には、「つよく張った琴線の一部丈がきらきらと白く眼に映ります」とあります。この例の「琴線」は比喩ではなく、実際の弦楽器に張られた糸を指しており、具体的な意味と心情を表す意味とが、ともに使われていたことを示しています。
新渡戸稲造の『自警録(じけいろく)』(1929年・昭和時代、実業之日本社刊)には、「片言でいう小児の言葉が、胸中の琴線に触れて、涙の源泉を突くことがある」とあります。幼い子どものたどたどしい言葉でも、人の胸の奥を動かし、感動の涙を誘うことがあるという意味で、現在と同じ用法です。
「琴線に触れる」を、「相手を怒らせる」「触れてほしくない話題に触れる」という意味で用いることがありますが、これは本来の意味ではありません。相手、とくに目上の人を激しく怒らせる場合には、「逆鱗に触れる」などを用います。
このように、「琴線に触れる」は、琴の糸が触れられて響く様子を、人の心に感動や共鳴が生まれることへ移した表現です。明治時代には「琴線に接触する」「琴線に触れしめる」などの形で現れ、やがて「琴線に触れる」という形で広く定着しました。
「琴線に触れる」の使い方




「琴線に触れる」の例文
- 祖母が語った家族の思い出は、聞く人の琴線に触れるものだった。
- 少年の素直な歌声が観客の琴線に触れ、会場は温かな拍手に包まれた。
- 災害の中で助け合う人々の姿は、多くの国民の琴線に触れた。
- 作者の実体験にもとづく物語が、世代を超えて読者の琴線に触れる。
- 長年支えてくれた社員への社長の言葉は、出席者の琴線に触れる。
- 小さな子どもが母親に宛てた手紙は、家族全員の琴線に触れる内容だった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・抱一庵主人「依田学海氏の小説」『国民之友』第17巻第275号、民友社、1895年。
・宮崎湖処子編『抒情詩』民友社、1897年。
・夏目漱石『吾輩は猫である』1905〜1906年。
・新渡戸稲造『自警録』実業之日本社、1929年。
・文化庁文化部国語課「琴線に触れるの意味」『文化庁月報』第528号、2012年。
・Cambridge University Press, Cambridge Dictionary.























