【故事成語】
来る者は日日に親し
【読み方】
きたるものはひびにしたし
【意味】
初めは親しくなかった人でも、訪ねて来たり、顔を合わせたりするうちに、日ごとに親しさが増していくこと。


【対義語】
・去る者は日日に疎し(さるものはひびにうとし)
「来る者は日日に親し」の故事
「来る者は日日に親し」は、中国の古い詩「古詩十九首(こしじゅうきゅうしゅ)」第十四首の冒頭にある「去者日以疎、来者日以親」という一節に基づく表現です。日本では、「去る者は日に以て疎く、来たる者は日に以て親し」と読み下します。
「古詩十九首」は、作者の名が伝わっていない十九編の五言詩(ごごんし:一句を五字で作る詩)を集めたもので、その多くは、後漢の時代に成立したと考えられています。別れや旅の苦しみ、人生の短さなど、人の心に共通する悲しみを歌った作品が多く、南朝梁(なんちょうりょう)の昭明太子蕭統が編んだ『文選(もんぜん)』巻二十九に収められました。
第十四首は、「去る者は日ごとに遠い存在となり、来る者は日ごとに親しい存在となる」という二句から始まります。ここでいう「来る者」は、身近にやって来て日々顔を合わせる人を指し、「親し」は、その人への親しみが次第に深まることを表します。
詩の語り手は、町の外へ出て、丘や墓を眺めます。古い墓は耕されて田となり、墓地に植えられていた松や柏は切り倒され、薪となっていました。白楊(はくよう)の木には悲しげな風が吹き、その音を聞いた語り手は、故郷へ帰りたいと思いながらも、帰る手立てがないことを嘆きます。
この詩では、「去る者」と「来る者」をどのように受け取るかについて、複数の解釈があります。一つは、ある土地を去った人と、新しく身近にやって来た人とを対にしたものです。この読み方では、離れてしまった人とは次第に疎遠になり、今そばにいて交流する人とは親しくなる、という意味になります。
一方、伝本によっては「来者」ではなく「生者」と記し、「去者日以疎、生者日已親」とする本文もあります。この場合には、亡くなった人は月日とともに遠い存在となり、生きて身近にいる人は日ごとに親しさを増していく、という意味になります。墓地を眺めて人生の移り変わりを思う詩の内容とも、深く結び付く読み方です。
日本では、対となる前半の「去る者は日日に疎し」が広く知られています。親しかった者でも、離れて顔を合わせなくなると、しだいに交わりが薄くなり、亡くなった人も年月とともに忘れられていく、という意味で使われます。『徒然草(つれづれぐさ)』(1331年ごろ成立・鎌倉時代末期、吉田兼好著)第三十段にも、この前半を引いた古い用例があります。
それに対して、「来る者は日日に親し」は、原典の後半に目を向けた表現です。もとの詩がもつ墓地や望郷の悲しみから離れ、日本語では、新しく出会った人でも、日々の交流を重ねれば親しい間柄になっていくという、人付き合いの道理を表す言葉として理解されるようになりました。
この故事成語は、ただ近くにいるだけで、必ず親友になれるという意味ではありません。あいさつを交わし、話をし、同じ時間を重ねることによって、初めはよそよそしかった相手にも親しみが生まれるという、人間関係の移り変わりを簡潔に表しています。
「来る者は日日に親し」の使い方




「来る者は日日に親し」の例文
- 新しく入った部員とも毎日練習を重ね、来る者は日日に親しの言葉どおり、すぐに打ち解けた。
- 転校生と登下校を共にするうち、来る者は日日に親しで、互いに悩みを話せる仲になった。
- 来る者は日日に親しというように、近所へ越してきた一家とも、あいさつを重ねるうちに親しくなった。
- 職場へ迎えた新人も、来る者は日日に親しで、今ではチームに欠かせない仲間となっている。
- 交流会を続けたことで、異なる地域の参加者たちにも、来る者は日日に親しという変化が生まれた。
- 来る者は日日に親しの教えを思い、新しい学級では自分から毎朝声をかけることにした。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・内田泉之助・網祐次著『新釈漢文大系15 文選(詩篇)下』明治書院、1964年。
・蕭統編『文選』南朝梁、6世紀前半。
・作者不詳『古詩十九首』前漢から後漢。























