【故事成語】
危邦に入らず乱邦に居らず
【読み方】
きほうにいらずらんぽうにおらず
【意味】
危険が近づいている国には入らず、政治や秩序が乱れた国にはとどまらないこと。転じて、危ない場所や混乱した環境を避け、身を慎んで安全を保つこと。


【英語】
・avoid danger.(危険を避ける)
【類義語】
・君子危うきに近寄らず(くんしあやうきにちかよらず)
【対義語】
・虎穴に入らずんば虎子を得ず(こけつにいらずんばこじをえず)
「危邦に入らず乱邦に居らず」の故事
「危邦に入らず乱邦に居らず」は、中国古典『論語(ろんご)』の「泰伯(たいはく)第八」に出てくる言葉にもとづきます。『論語』は、春秋時代末期の魯(ろ)の思想家である孔子(こうし)と、その弟子たちの言行を、孔子の死後に門人たちがまとめた儒家の書物です。
原文は「危邦不入、亂邦不居」です。「危邦」には危うい国、「亂邦」には乱れた国という意味があり、訓読では「危邦には入らず、乱邦には居らず」と読まれてきました。
この一節の前には、「篤信好學、守死善道」とあります。これは、道を深く信じて学問を好み、命をかけるほどの覚悟で正しい道を守る、という意味に受け取られます。
そのあとに「危邦不入、亂邦不居」と続きます。つまり、正しい道を大切にする人は、ただ勇ましく危険へ向かうのではなく、危うい国には初めから入らず、すでに乱れた国には身を置かない、という身の処し方を示しています。
さらに後には、「天下有道則見、無道則隠」と続きます。世の中に道が行われているときは世に出て力を尽くし、道が失われているときは身を引いて隠れる、という意味です。
ここでいう「道」は、単なる道路ではなく、人として守るべき正しいあり方や、政治・社会の秩序を指します。そのため、この言葉は、危険を恐れて逃げるだけの教えではなく、正しい働き方を選ぶために、時と場所を慎重に見きわめる教えとして読まれてきました。
「危邦」は、今にも滅びようとする国を表す言葉として伝わっています。また、「乱邦」は、秩序の乱れた国を表し、日葡辞書にも用例をもつ語として伝わっています。
この言葉の背景には、孔子が生きた春秋時代の社会状況があります。当時は国々の力関係が揺れ、政治の乱れも起こりやすい時代であり、孔子は礼や仁にもとづく秩序の回復を重んじました。
日本語では、漢文の訓読を通して「危邦には入らず、乱邦には居らず」という形で受け入れられました。近代にも、渋沢栄一の談話筆記『実験論語処世談』(大正4年から大正13年にかけて連載)で、この句は人の去就、つまり進むか退くかの態度を示す言葉として取り上げられています。
ただし、この句は、どんな困難からも逃げよという意味ではありません。『論語』の文脈では、正しい道を守るために、危うい場所へ不用意に入り込まず、乱れた場所に安易にとどまらないという、慎み深い判断を説いています。
現在では、国だけでなく、危険な集まり、混乱した組織、争いの起こりそうな場などを避ける意味でも使われます。危険を見きわめ、むやみに近づかないことの大切さを表す故事成語として理解できます。
「危邦に入らず乱邦に居らず」の使い方




「危邦に入らず乱邦に居らず」の例文
- 海外で情勢が急に悪化したため、父は危邦に入らず乱邦に居らずの考えで出張を延期した。
- けんかが起きそうな集まりには参加せず、危邦に入らず乱邦に居らずを心がけた。
- 治安の悪い地域へ夜に行くのは避けるべきで、危邦に入らず乱邦に居らずという判断が必要だ。
- 会社の内部対立が激しくなり、彼は危邦に入らず乱邦に居らずの姿勢で距離を置いた。
- 無用な争いに巻き込まれないためには、危邦に入らず乱邦に居らずという知恵も大切だ。
- 危邦に入らず乱邦に居らずは、勇気がないという意味ではなく、危険を見きわめる慎重さを表す言葉だ。
主な参考文献
・白川静『字通 普及版』平凡社、2014年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・金谷治訳注『論語』岩波書店、1999年。
・孔子門人編『論語』。
・渋沢栄一『実験論語処世談』実業之世界社、1922年。























