【ことわざ】
老い木は曲がらぬ
【読み方】
おいきはまがらぬ
【意味】
年を重ねた人が強情で、考えや習慣を変えにくいこと。また、なおすべきところは若いうちになおさないと、年をとってからではなおりにくいこと。


【英語】
・You cannot teach an old dog new tricks(年をとった人に新しいことを教えたり、習慣を変えさせたりするのは難しい)
【類義語】
・矯めるなら若木のうち(ためるならわかぎのうち)
・老いの一徹(おいのいってつ)
・頑固一徹(がんこいってつ)
・三つ子の魂百まで(みつごのたましいひゃくまで)
【対義語】
・六十の手習い(ろくじゅうのてならい)
・老い木に花(おいきにはな)
「老い木は曲がらぬ」の語源・由来
「老い木は曲がらぬ」は、年数を経た木がかたくなり、若木のようには曲げにくくなることをもとにしたことわざです。「老木」は、年数を経た木、古木、老樹を指し、「おいき」とも「ろうぼく」とも読まれます。
このことわざでは、木の性質を人間の性格や習慣に重ねています。若木なら枝ぶりを直しやすい一方、年を経た木は曲げにくいという見方から、人の欠点や癖も若いうちに直さないと、後では改めにくいという意味が生まれました。
ここでいう「曲がらぬ」は、単に木がまっすぐであるという意味ではありません。しなやかさが少なく、外から直そうとしても変わりにくい、という比喩として用いられています。
この発想は、「矯めるなら若木のうち」とよく対にされます。「矯める」は、曲がったものやよくないところを正しく整え直す意味で、木も人も柔らかいうちに整えるべきだという教えを表します。
「老い木は曲がらぬ」は、その裏側から同じことを述べる言い方です。若いうちに身についた考え方や癖は、長い年月のうちに深く根づくため、年を重ねてから変えるのは難しい、という戒めを含んでいます。
近代の用例として、新渡戸稲造の『自警録』(大正5年序、新渡戸稲造著)に「老木は曲らぬ」という形が出てきます。『自警録』の序には「大正五年五月九日」とあり、新渡戸稲造が日々の心の持ち方や修養を説いた文章です。
『自警録』の「若返りの工夫」では、年をとっても理想を失わず、生木のような弾力をもつ心を保つことが大切だと述べています。その中で「老木は曲らぬ」と書き、邪道に迷わないという意味よりも、弾力がないことを笑う言い方だと説明しています。
この用例では、単に年齢が高いことを責めているのではありません。心が固まり、世の変化に応じて考える余裕を失うことを戒める文脈で使われています。
同じ「老木」という言葉を使う表現には、「老い木に花」もあります。こちらは、年老いて衰えたものが再び勢いを取り戻すことを表し、「老い木は曲がらぬ」とは反対に、年を重ねた後の再生や活躍を表す言い方です。
さらに「六十の手習い」は、年をとってから初めて物事を習うことを表します。このことわざは、「年をとってからでも学ぶことはできる」という明るい方向の考え方を示し、「老い木は曲がらぬ」の戒めと対照をなします。
そのため、「老い木は曲がらぬ」を年長者を一方的に笑うための言葉として使うと、相手を傷つけやすい表現になります。より大切なのは、考えや習慣が固まりすぎる前に学び、悪い癖を早く直すことの大切さを受け取ることです。
現在では、長年のやり方にこだわって新しい方法を受け入れにくい人や、若いころからの欠点を直さないまま年を重ねた人について使われます。老いた木を無理に曲げにくいという具体的なたとえによって、人の心や習慣にも、柔らかいうちに手を入れる必要があることを伝えることわざです。
「老い木は曲がらぬ」の使い方




「老い木は曲がらぬ」の例文
・祖父は長年の仕事のやり方を変えようとせず、老い木は曲がらぬと感じる場面が多い。
・若いころからの遅刻癖を直さないまま年を重ね、老い木は曲がらぬという言葉が身にしみた。
・古い規則にこだわる会長を説得するのは、老い木は曲がらぬで簡単ではない。
・父は新しい家電をなかなか使おうとせず、家族は老い木は曲がらぬと思いながら根気よく説明した。
・悪い習慣を早く直しておかないと、老い木は曲がらぬのように後で苦労する。
・老い木は曲がらぬというが、相手を責めるだけでなく、自分も柔軟に学ぶ姿勢を忘れないようにしたい。
主な参考文献
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・新渡戸稲造『自警録』実業之日本社、1929年。























