【ことわざ】
穏座の初物
【読み方】
おんざのはつもの
【意味】
野菜や果物などの盛りが過ぎたころのものが、初物のように珍重されること。転じて、物事の終わりが良いことや、年を重ねてから知識・芸能などが大成することのたとえ。


【英語】
・a late bloomer(遅れて才能を開花させる人)
【類義語】
・終わり初物(おわりはつもの)
「穏座の初物」の語源・由来
「穏座(おんざ)」は、もともと朝廷や貴族の宴会に関わる言葉です。『延喜式(えんぎしき)』(927年完成・平安時代、藤原時平らが編纂を開始)には、正式な宴のあと、席を改めて「穏座」に着くことが記されています。
当時の大饗(たいきょう:貴族が開く大きな宴会)では、勧杯(けんぱい)や三献(さんこん)と呼ばれる正式な酒の儀礼が行われました。その儀礼が済むと、参列者は別の席へ移り、酒を飲みながら奏楽(そうがく)や舞などを楽しみました。このように、正式な宴の緊張から離れ、くつろいで過ごす席や時間を「穏座」と呼びました。
やがて「穏座」は、宴の最後に出される食べ物も表すようになりました。『日葡辞書(にっぽじしょ)』(1603〜1604年刊、イエズス会編)には、「食事の最後に出る食べ物」という意味と、そこから転じた「盛りの時期を過ぎた果物や野菜」という意味が記録されています。宴の本式が終わったあとの席を表す言葉が、食事の最後に出る品を指すようになり、さらに季節の終わりに取れる作物を表すようになったのです。
一方、「初物」とは、その季節に初めて収穫された野菜・果物・穀物や、季節に先がけて取れた魚などを指します。本来は季節の始まりに出るものですが、「穏座の初物」では、盛りを過ぎてから得られたものを、初物と同じように珍しい品として大切に扱います。始まりの品と終わりの品を重ね合わせた、少し意外な言い方です。
この表現の古い用例は、『鷹筑波集(たかつくばしゅう)』(1638年に序、1642年刊行・江戸時代前期、山本西武編)にあります。「花みればおんざの初や遅桜〈重次〉」という句です。春の盛りを過ぎてから咲く遅桜(おそざくら)を、季節の終わりに現れた「穏座の初物」として、初めに咲く桜と同じように珍しく眺めています。
この古い句では、季節の終わりに現れる花を指す具体的な表現として使われています。その後、野菜・果物・花などだけでなく、物事の最後が良い結果になること、年を重ねた人が優れた働きや珍しい行いを見せること、知識や芸能が遅れて大きく実ることへも、意味が広がりました。季節の終わりを、人生や物事の後半に置き換えた使い方です。
同じ意味を表す言い方には「終わり初物」があり、「穏座初物」と「の」を入れずに書く形もあります。いずれも、盛りを過ぎてから現れたものに、初物にも劣らない珍しさや価値を認める表現です。
「穏座の初物」は、優れたものが必ずしも早く現れるとは限らず、最後や晩年になってから現れる価値もあることを伝えています。季節の始まりだけでなく終わりにも目を向け、その時にしか得られない良さを大切にすることわざです。
「穏座の初物」の使い方




「穏座の初物」の例文
- 季節の終わりに一つだけ実ったスイカは、穏座の初物として家族みんなで味わった。
- 七十歳を過ぎてから書道で大きな賞を得た祖父は、まさに穏座の初物だ。
- 長く無名だった画家が晩年に高く評価され、穏座の初物と呼ばれた。
- 公演の最終日に最高の演技を見せた役者は、穏座の初物のような見事な締めくくりを飾った。
- 研究を始めて数十年後に重要な発見をした博士の業績は、穏座の初物といえる。
- 祭りの最後に披露された子どもたちの合唱が最も心に残り、穏座の初物となった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・イエズス会編『日葡辞書』1603〜1604年。
・山本西武編『鷹筑波集』野田弥兵衛、1642年。
・『延喜式』927年完成。























