【ことわざ】
鬼の立てたる石の戸も情けに開く
【読み方】
おにのたてたるいしのともなさけにあく
【意味】
どれほど頑なに閉ざされた心でも、思いやりや誠意によってほぐれ、相手を受け入れるようになること。


【英語】
・melt someone’s heart(思いやりによって人の心を和らげる)
【類義語】
・至誠天に通ず(しせいてんにつうず)
・鬼の目にも涙(おにのめにもなみだ)
「鬼の立てたる石の戸も情けに開く」の語源・由来
「鬼の立てたる石の戸も情けに開く」は、鬼が立てた頑丈な石の戸でさえ、人の情けによって開くという、力強い情景をもつことわざです。「鬼」は、想像上の恐ろしい存在を指すだけでなく、冷酷で無慈悲な人のたとえにも使われます。また、「石」は、その硬さや冷たさから、動かしにくいものや、人情に動かされない心を表します。
「立てたる」は、「立てた」という意味を表す古い言い方です。鬼ほどの強い者が立て、しかも石で造った戸であれば、普通の力では動かせないはずです。その石の戸を、人の腕力や道具ではなく、「情け」が開くところに、このことわざの大切な意味があります。
ここでいう「情け」は、単なる同情ではなく、相手をいたわる心、人間らしい思いやり、誠意をこめた振る舞いを指します。「開く」は、戸が開くという具体的な動作であると同時に、警戒していた人が打ち解け、本心を明かすようになることにもつながります。
この表現の古い用例は、古浄瑠璃(こじょうるり)の『十二段草子(じゅうにだんぞうし)』にあります。『故事俗信ことわざ大辞典』には、1615年から1644年ごろの『十二段草子』に用いられた例が掲げられています。
『十二段草子』は作者未詳で、室町時代中期以後に成立した物語をもとにした作品です。奥州へ向かう牛若丸と、三河国矢作(みかわのくにやはぎ)の浄瑠璃姫との出会いや別れ、病に倒れた牛若丸を姫が祈りによって救う物語が語られます。後に、この物語を語る曲節から、「浄瑠璃」という芸能の名が生まれました。
『十二段草子』に古例があることから、このことわざは、少なくとも江戸時代初期には用いられていたことが分かります。恐ろしい鬼、動かない石の戸、人をいたわる情けという三つを対照的に組み合わせ、真心には、相手の頑なな態度を変える力があることを印象深く表しています。
明治時代には、藤井乙男の『俗諺論(ぞくげんろん)』(1906年)に、「鬼のたてたる石の戸も情にあく。」という形で収められています。ここでは、「情け」ではなく「情」、「開く」ではなく「あく」と書かれていますが、人の誠意は鬼神をも動かし、どれほど頑なな心も人情には逆らえないという意味は、現在の表現と同じです。
その後、「たてたる」を「立てたる」、「情」を「情け」、「あく」を「開く」と書く形も広まり、「鬼の立てたる石の戸も情けに開く」として伝わりました。表記には違いがありますが、石の戸を閉ざされた心に見立て、情けをその心を開く力に見立てる仕組みは変わりません。
このことわざは、力ずくで相手を従わせることを勧める言葉ではありません。冷たく見える人や、かたくなに拒む人に対しても、誠実に思いやりを示し続ければ、いつか心が通じることがあるという、人の情けの力を教えることわざです。
「鬼の立てたる石の戸も情けに開く」の使い方




「鬼の立てたる石の戸も情けに開く」の例文
- 人を信用しなかった転校生も、級友の変わらぬ親切に触れ、鬼の立てたる石の戸も情けに開くように心を許した。
- 頑固な祖父は孫の真剣な手紙を読み、鬼の立てたる石の戸も情けに開くという言葉どおり、話し合いに応じた。
- 仲違いした友人に誠実に謝り続けると、鬼の立てたる石の戸も情けに開くとはこのことで、ようやく気持ちが通じた。
- 住民が何度も丁寧に説明した結果、鬼の立てたる石の戸も情けに開くように、計画へ反対していた店主も協力を申し出た。
- 部下のひたむきな努力を知り、厳格な上司も鬼の立てたる石の戸も情けに開くの言葉どおり、再挑戦の機会を与えた。
- 実行委員の真心が町の人々に届き、鬼の立てたる石の戸も情けに開くように、祭りへの反対は少しずつ協力へと変わった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・Merriam-Webster, 『Merriam-Webster.com Dictionary』。
・藤井乙男『俗諺論』冨山房、1906年。
・『十二段草子』作者未詳、室町時代中期以後成立。























