【ことわざ】
親には一日に三度笑って見せよ
【読み方】
おやにはいちにちにさんどわらってみせよ
【意味】
親にいつも笑顔で接することも、大切な親孝行の一つであるという教え。


「親には一日に三度笑って見せよ」の語源・由来
「親には一日に三度笑って見せよ」は、親孝行を大げさな行いだけで考えず、毎日の表情や接し方にも心を配るよう勧めることわざです。「三度」は、単なる回数の決まりというより、親に対して常に明るく穏やかな態度で接することを、覚えやすい数で言い表しています。
このことわざのもとになった言葉は、日蓮が建治元年(1275年)に南条時光へ送った『上野殿御消息』にあります。この書状は、日蓮が五十四歳のとき、身延で記したものです。
『上野殿御消息』では、昔の賢人が守るべき四つの徳として、父母への孝行、主君への忠義、友人への礼儀、自分より弱い立場の人への慈悲を挙げています。「父母に孝あるべし」は、その最初に置かれた教えです。
日蓮は、たとえ親が物事をよく理解せず、子に厳しい言葉を向けたとしても、腹を立てた顔を見せずに接することが大切だと述べています。そして、親によい物を贈りたいと思っても、何もしてあげられないならば、「一日に二三度えみて向へとなり」と記しています。
ここにある「えみて」は、笑みを浮かべることです。また、「向へ」は、親に顔を向けて接することを表します。つまり、立派な贈り物を用意できなくても、一日に二、三度、笑顔で親に向き合うことはできるという教えです。
原文では「二三度」と幅をもたせ、「えみて向へ」という言い方を用いています。現在のことわざでは、それが「三度」という一つの数に定まり、「笑って見せよ」という分かりやすい命令の形に整っています。内容と表現の対応から、『上野殿御消息』の一節を、簡潔で覚えやすい形に言い換えて定着したものと考えられます。
現在は、ユーザーが入力した「親には一日に三度笑って見せよ」のほか、助詞の「に」を省いた「親には一日三度笑って見せよ」という形も使われています。どちらも、親には毎日笑顔で接することが親孝行になる、という同じ意味を表します。
このことわざの「笑って見せよ」は、面白いことがなくても声を上げて笑え、という意味ではありません。親に不機嫌な顔ばかり向けず、笑顔や穏やかな表情で安心させることも、身近にできる親孝行だと教えています。
もとの一節は、親への贈り物を十分に用意できない場合の行いとして、笑顔を挙げていました。それが後に、物や金銭だけに頼らず、日常の小さな振る舞いによって親への感謝を表すよう勧めることわざとなり、現在まで伝わっています。
「親には一日に三度笑って見せよ」の使い方




「親には一日に三度笑って見せよ」の例文
- 祖母は、親には一日に三度笑って見せよと言って、笑顔も大切な親孝行だと孫に教えた。
- 親には一日に三度笑って見せよという教えを思い出し、彼は朝の挨拶を笑顔でするよう心がけた。
- 高価な贈り物を用意できなくても、親には一日に三度笑って見せよの心で穏やかに接すればよい。
- 親には一日に三度笑って見せよということわざは、日々の小さな思いやりの大切さを伝えている。
- 忙しいときほど、親には一日に三度笑って見せよを忘れず、家族には明るく声をかけたい。
- 父は親には一日に三度笑って見せよという言葉を大切にし、祖父母を訪ねるたび笑顔で話しかけた。
主な参考文献
・三省堂編修所編『新明解故事ことわざ辞典 第二版』三省堂、2016年。
・日蓮『上野殿御消息』1275年。























