【ことわざ】
王は十善神は九善
【読み方】
おうはじゅうぜんかみはくぜん
【意味】
前世に十善の徳を積んだ者は現世で国王となり、九善を積んだ者は神になるという考えから、王の位は神よりもすぐれているということ。


【類義語】
・神より君(かみよりきみ)
「王は十善神は九善」の語源・由来
「王は十善神は九善」は、仏教の「十善」という考えを背景にもつことわざです。「十善」は、十悪を犯さないことをいう仏教語で、不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不両舌・不悪口・不綺語・不貪欲・不瞋恚・不邪見の十項目を指します。
このことわざでは、前世に十善の徳を積んだ者は、その果報によって現世で国王になると考えます。それに対して、前世で九善を積んだ者は神になるとし、王の位を神よりも一段高いものとして表します。
ここでいう「王」は、ふつうの支配者だけでなく、天子や天皇を尊んでいう意味合いをもっています。十善を行った果報として天子の位につくという仏教思想から、天皇・天子を「十善の君」「十善の王」「十善の天子」などと呼ぶ言い方が生まれました。
この考えは、古い文学作品にも表れています。『栄花物語』(1028〜1092年ごろ・平安時代後期)には「十善の王」という形の古い用例があり、天子を十善の果報による尊い存在として呼ぶ考えが、平安時代の物語の中にも入っていたことが分かります。
また、『保元物語』の一伝本である金刀比羅本(1220年ごろか・鎌倉時代初期)には、「十善の君」という形が出てきます。ここでも、前世に十善を行った果報としてこの世で天子となった、という仏教的な見方がもとになっています。
「王は十善神は九善」というまとまった形の古い用例は、幸若舞曲『烏帽子折』(室町時代末期から近世初期ごろ)に出てきます。そこには「王は十ぜむ神は九ぜむ」という形があり、「十善」と「九善」を対比して、王と神の位の違いを言い表しています。
幸若舞曲は、語り物・舞の性格をもつ中世芸能の詞章として伝わったものです。このような芸能の中でことわざの形が使われたことにより、「十善の王」と「九善の神」という発想が、物語を聞く人にも分かりやすい言い回しとして広まりました。
このことわざの大切な点は、現代の感覚で「王が神より偉い」と単純にいうことではありません。前世の行いが現世の身分に結びつくという仏教的な因果観と、天子・天皇を「十善」の果報による尊い存在と見る考えが重なってできた表現です。
そのため、「王は十善神は九善」は、古い社会で王や天子の位を特別に尊んだ考え方を伝えることわざとして理解すると分かりやすくなります。王・天子を神よりも上に置く発想を、十善と九善の数の差によって表した言葉です。
「王は十善神は九善」の使い方




「王は十善神は九善」の例文
- 王は十善神は九善は、王や天子の位を神よりも上に置く古い考えを表すことわざだ。
- 中世の物語を読むと、王は十善神は九善という考え方が背景にある場面が理解しやすくなる。
- 王は十善神は九善という言葉には、前世の徳が現世の身分に結びつくという仏教的な発想がある。
- 天子を「十善の君」と呼ぶ考えは、王は十善神は九善ということわざにも通じる。
- 王は十善神は九善は、現代の価値観を表す言葉ではなく、古い社会の身分観を伝える言葉として読む必要がある。
- 歴史の授業で王は十善神は九善を学び、昔の人が王や神の位をどのように考えていたかを知った。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・松村明監修『デジタル大辞泉』小学館。
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。























