【ことわざ】
親知らず子知らず
【読み方】
おやしらずこしらず
【意味】
危険な山道や海辺の断崖絶壁など、親子であっても互いを顧みる余裕がないほど険しい難所。


【類義語】
・犬戻り(いぬもどり)
「親知らず子知らず」の語源・由来
「親知らず子知らず」は、親と子の心が通じないという意味ではなく、通る人が自分の身を守ることで精いっぱいになり、親は子を、子は親を振り返る余裕さえないほど険しい道を表します。その背景には、新潟県糸魚川市(いといがわし)の日本海岸にある「親不知・子不知(おやしらず・こしらず)」という海岸地帯があります。
親不知・子不知は、市振(いちぶり)から青海(おうみ)付近まで、約十五キロメートルにわたる海岸です。山地の端が三百メートルから四百メートルほどの断崖(だんがい)となって日本海へ迫り、かつての北陸道(ほくりくどう)は、崖の下にある狭い波打ち際を通っていました。
旅人は、波が引いた間を見計らい、次の安全な場所まで急いで走り抜けなければなりませんでした。そのため、親も子も互いを気遣う暇がなかったことから、「親知らず・子知らず」と呼ばれるようになったといいます。
地名の由来には、平清盛の弟である平頼盛の妻にまつわる伝説もあります。頼盛の妻が夫の後を追ってこの海岸を通った際、抱いていた幼い子を波にさらわれ、「親知らず 子はこの浦の波まくら 越路の磯の あわと消えゆく」と詠んだことから、この名が生まれたという話です。これは、親不知という地名の由来を語る伝説の一つとして伝わっています。
この言い方の古い例は、浅井了意の『東海道名所記(とうかいどうめいしょき)』(1659年ごろ成立、江戸時代前期)にあります。同書は、駿河国の海辺の難所を「親志らず子志らず」と記し、左側には高い山、右側には大海があり、海辺の道は一騎だけが通れるほど狭く、旅人には後ろを振り返る暇もなかったと述べています。
『東海道名所記』は、さらに、北国の道中にも同じ名をもつ波打ち際の難所があると書いています。この用例から、江戸時代前期には「親知らず子知らず」という形が、越後の特定の土地だけでなく、山と海に挟まれた危険な海岸道を表す呼び名としても使われていたことが分かります。
松尾芭蕉の『おくのほそ道(おくのほそみち)』(1702年刊、江戸時代前期)にも、「今日は親しらず・子しらず・犬もどり・駒返しなど云 北國一の難所を越て」とあります。芭蕉は1689年の旅でこの地方を通り、「親しらず」「子しらず」「犬もどり」「駒返し」と呼ばれる険しい場所を越え、ひどく疲れた様子を書き残しました。
二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳合作の『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』(1748年初演、江戸時代中期)の八段目には、「親しらず子しらずと、蔦の細道」という一節があります。ここでは、険しい旅路を表す名と、旅をする親子の関係とを重ねた言葉遊びに用いられており、十八世紀半ばには、物語の詞章に取り入れられるほど知られた表現になっていました。
古い文献では、「親志らず子志らず」「親しらず・子しらず」のように、漢字と仮名を交ぜた表記が使われています。現在、土地の名は「親不知・子不知」と書くのが一般的ですが、ことわざとしては「親知らず子知らず」と表します。
このように、もとは山と海に挟まれ、波の合間を急いで通り抜けなければならない、具体的な険路の名や呼び方でした。それが紀行や浄瑠璃(じょうるり)などにも取り入れられ、やがて特定の土地だけでなく、親子でも互いを顧みられないほど危険な山道や海辺の難所を表すことわざとして定着しました。
「親知らず子知らず」の使い方




「親知らず子知らず」の例文
- 断崖の下を通る旧道は、満潮時には親知らず子知らずの難所となる。
- 登山隊は、落石が続く親知らず子知らずの区間を避け、尾根道へ回った。
- 昔の旅人は、親知らず子知らずと呼ばれる海辺の険路を、波の引く間に駆け抜けた。
- 地図には、沢沿いの細道が親知らず子知らずの危険地帯として記されていた。
- 雪崩で道幅が狭まり、その峠は親知らず子知らずも同然の難所になった。
- 新しいトンネルが開通し、親知らず子知らずと恐れられた海岸道を通らずに済むようになった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・小学館編『日本大百科全書』小学館、1984〜1994年。
・浅井了意『東海道名所記』1659年ごろ成立。
・松尾芭蕉『おくのほそ道』1702年刊。
・二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳『仮名手本忠臣蔵』1748年初演。























