【故事成語】
馬を崋山の陽に帰し、牛を桃林の野に放つ
【読み方】
うまをかざんのみなみにきし、うしをとうりんのやにはなつ
【意味】
戦争が終わり、戦備を解いて平和が訪れることのたとえ。また、二度と戦争をしない意思を示すことのたとえ。


【英語】
・lay down one’s arms(武器を置いて戦いをやめる)
【類義語】
・帰馬放牛(きばほうぎゅう)
・牛を桃林の野に放つ(うしをとうりんのやにはなつ)
・偃武修文(えんぶしゅうぶん)
【対義語】
・兵を挙げる(へいをあげる)
・干戈を動かす(かんかをうごかす)
「馬を崋山の陽に帰し、牛を桃林の野に放つ」の故事
「馬を崋山の陽に帰し、牛を桃林の野に放つ」は、中国古典『書経』の「武成」にもとづく故事成語です。原典では「歸馬于華山之陽,放牛于桃林之野」とあり、戦いに用いた馬を華山の南に帰し、牛を桃林の野に放つことを述べています。
この場面の背景にあるのは、紀元前11世紀ごろ、周の武王が暴政を行った殷の紂王を倒し、周王朝を開いたと伝える古い物語です。戦いに勝ったあと、武王は軍事の力だけで天下を治めるのではなく、平和な政治へ移る姿勢を示しました。
『書経』「武成」には、武王が商から帰り、豊に至ったのち、「乃偃武修文」とあります。これは、武をやめ、文を修める、つまり戦いの道をおさめて、礼や文教を重んじる政治に向かうことを表します。
その直後に、馬を華山の陽に帰し、牛を桃林の野に放つという句が続きます。馬は戦場で用いる軍馬、牛は兵器や物資を運ばせるための牛と考えると、どちらも戦争を支える大切な力でした。
「陽」は、山の南側を指す言葉です。そのため「華山之陽」は、華山の南側という意味になります。日本語のことわざでは「崋山」と書く形も用いられますが、原典の本文では「華山」と書かれています。
「桃林」は、中国の函谷から潼関までの平野を指す地名として伝わります。また、『書経』「武成」のこの句により、「桃林」は牛の異名としても用いられるようになりました。
この故事で大切なのは、馬や牛をただ野に戻したという行動だけではありません。戦争に使った動物を軍事から解き放つことで、もう戦争をしない、武器を用いる時代を終わらせる、という意思を天下に示した点にあります。
同じ故事から、「牛を桃林の野に放つ」という短い形も生まれました。この形だけでも、戦争が終わり、戦備を解いて平和が訪れることを表します。
また、「帰馬放牛」という四字の形も、同じ内容を短くまとめた言い方です。戦争で使った馬や牛を野に帰し放つことから、戦争が終わって平和になること、また再び戦争をしないことを表します。
後の時代には、「桃林放牛」という画題としても受け継がれました。桃林に牛を描く画題は、周の武王が天下を治め、牛を桃林に放った故事にもとづくものとして扱われています。
このように、「馬を崋山の陽に帰し、牛を桃林の野に放つ」は、戦いの終わりを静かに示す表現です。勝利を誇る言葉ではなく、戦いに使った力を平和のために手放すところに、この故事成語の深い意味があります。
「馬を崋山の陽に帰し、牛を桃林の野に放つ」の使い方




「馬を崋山の陽に帰し、牛を桃林の野に放つ」の例文
- 長い内戦が終わり、各地で武器が回収された様子は、馬を崋山の陽に帰し、牛を桃林の野に放つような光景だった。
- 和平協定のあと、兵士たちが故郷へ帰る姿に、馬を崋山の陽に帰し、牛を桃林の野に放つという言葉を思い出した。
- 国境の緊張が解け、軍備を減らす方針が示されたことは、馬を崋山の陽に帰し、牛を桃林の野に放つに近い。
- 戦いの記念式典では、勝利よりも平和への誓いを重んじ、馬を崋山の陽に帰し、牛を桃林の野に放つ心を語った。
- 争いが終わったあとに教育や福祉へ力を注ぐ政策は、馬を崋山の陽に帰し、牛を桃林の野に放つ考えに通じる。
- 馬を崋山の陽に帰し、牛を桃林の野に放つという故事成語は、平和を願う文章にふさわしい重みをもつ。
主な参考文献
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・公益財団法人日本漢字能力検定協会編『漢検漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年。
・『尚書(書経)』「武成」。
・金井紫雲『東洋画題綜覧』。
・Cambridge University Press, Cambridge Dictionary.
・Merriam-Webster, Merriam-Webster.com Dictionary.























