【慣用句】
いざ鎌倉
【読み方】
いざかまくら
【意味】
一大事が起こった場合、または、いよいよ行動を起こすべき時。


【英語】
・when the chips are down(いざという苦しい時に)
【類義語】
・いざという時(いざというとき)
・まさかの時(まさかのとき)
・一大事(いちだいじ)
「いざ鎌倉」の語源・由来
「いざ鎌倉」の「いざ」は、人を誘う時や、思い切って行動を始める時に発する「さあ」という意味の言葉です。「鎌倉」は、中世に幕府が置かれた政治の中心地を指します。
この言葉のもとにある考え方は、鎌倉幕府に大事件が起これば、諸国の武士が鎌倉へ召集されたことにあります。そのため「いざ鎌倉」は、単に場所としての鎌倉へ行くことではなく、主君や大切なものの危機に、すぐ駆けつけるという意味をもつようになりました。
この言い回しの直接のもととしては、謡曲(ようきょく)『鉢木(はちのき)』がよく挙げられます。『鉢木』は作者未詳の能の曲で、落ちぶれた武士・佐野源左衛門常世(さのげんざえもんつねよ)と、旅僧の姿で訪れた北条時頼をめぐる話です。
『鉢木』では、大雪の夜、旅僧が上野の国の佐野で宿を求めます。常世は貧しい暮らしをしていましたが、妻の言葉を受けて旅僧を家に招き入れ、大切に育てていた梅・桜・松の鉢木を火にくべてもてなします。
常世が貧しくなったのは、一族に所領を押領されたためでした。それでも常世は、破れた具足、錆びた長刀、痩せた馬を持ち続け、鎌倉に大事があればすぐに参じる覚悟を失っていませんでした。
詞章には、「鎌倉に御大事あらば」「一番に馳せ参じ着到に附き」とあります。これは、鎌倉に一大事があれば、どんなに貧しく見苦しい姿でも、まっ先に駆けつけて名乗りを上げる、という意味です。
大切なのは、『鉢木』の詞章そのものには、「いざ鎌倉」という四字の形がそのまま出てくるわけではない点です。けれども、鎌倉の危急にすぐ馳せ参じるという常世の言葉と心意気が、後に「いざ鎌倉」という短い言い回しとして理解されるようになりました。
物語の後半では、旅僧の正体が北条時頼であったことが明らかになります。時頼は、常世が語った忠義の心と、貧しい中でも旅人をもてなした行いを忘れず、のちに常世の所領を安堵し、鉢木にちなむ三つの庄を与えます。
この話は、ただ武勇だけをたたえるものではありません。落ちぶれても備えを捨てず、平時には人をもてなし、有事には命をかけて駆けつけるという、鎌倉武士の心構えを描いています。
「いざ鎌倉」という形の古い用例としては、江戸時代末期の滑稽本『七偏人(しちへんじん)』(1857〜1863年・江戸時代末期、梅亭金鵞作)に見えます。この段階では、実際に鎌倉へ向かう意味よりも、一大事の時に役に立つかどうかを言う日常的な表現として使われています。
こうして「いざ鎌倉」は、鎌倉幕府の非常召集や『鉢木』の常世の覚悟を背景にしながら、後には「重大な時」「いよいよ行動すべき時」という意味へ広がりました。現在では、災害、試合、仕事、家庭の急用など、ふだんの備えが問われる場面にも使われます。
この慣用句は、危急の時に慌てることだけを表す言葉ではありません。ふだんから心構えをしておき、大切な場面でためらわず動くことの大切さを伝える言い回しです。
「いざ鎌倉」の使い方




「いざ鎌倉」の例文
- 災害時の連絡方法を家族で決めておけば、いざ鎌倉という時に慌てずにすむ。
- 大会直前に主力選手がけがをしたが、控えの選手がいざ鎌倉とばかりに出場した。
- 会社の大事な取引で問題が起こり、担当者たちはいざ鎌倉の思いで対応に当たった。
- 祖父は、いざ鎌倉という時に人を助けられるよう、救急講習を受けていた。
- 学級発表の機材が動かなくなり、機械に詳しい友人がいざ鎌倉と修理を手伝った。
- 日ごろから資料を整理していたため、いざ鎌倉という場面でもすぐに説明できた。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・新村出編『広辞苑 第七版』岩波書店、2018年。
・梅亭金鵞作『七偏人』1857〜1863年。
・『鉢木』。























