【ことわざ】
言わぬは言うにまさる
【読み方】
いわぬはいうにまさる
【意味】
言葉ではっきり言うよりも、口に出さないほうが、かえって思いの深さを表すこと。また、黙っているほうが得策であること。


【英語】
・Least said, soonest mended(口数が少なければ、事態を直しやすい)
【類義語】
・言わぬが花(いわぬがはな)
・雄弁は銀、沈黙は金(ゆうべんはぎん、ちんもくはきん)
【対義語】
・言わぬ事は聞こえぬ(いわぬことはきこえぬ)
・思う事言わねば腹ふくる(おもうこといわねばはらふくる)
「言わぬは言うにまさる」の語源・由来
「言わぬは言うにまさる」は、言葉にしないことが、かえって言葉で言う以上に強く深い心を表す、という考えから成り立つことわざです。「言わぬ」は口に出さないこと、「まさる」は上回ることを表し、全体で「黙っていることが、言うことを上回る」という意味になります。
このことわざの根には、沈黙を単なる不足ではなく、心の深さや思慮の表れとして受け取る感覚があります。言葉を多く重ねるほどよいのではなく、言わないからこそ相手に伝わる思いがある、という見方です。
古い形として重要なのは、『古今和歌六帖(こきんわかろくじょう)』(976〜987年ごろ成立、平安時代中期、編者未詳)に出てくる和歌です。この歌集は、古い歌を題ごとに分類した六巻の私撰集で、約四五〇〇首を収め、作歌の手引きや古歌を考える資料として用いられました。
『古今和歌六帖』五には、「心には下ゆく水のわきかへりいはで思ふぞいふにまされる」とあります。心の中で水がわき返るように思いが強く動いており、口には出さない思いこそ、言葉で言うよりまさっている、という意味です。
この歌では、ただ黙っているだけではなく、内側に深い思いがあることが大切です。外からは静かに見えても、心の中では強く思っているという対比が、後の「言わぬは言うにまさる」の中心となる考えをよく表しています。
次に大切なのは、『源氏物語(げんじものがたり)』(11世紀初め・平安時代中期、紫式部作)「末摘花(すえつむはな)」に出てくる用例です。『源氏物語』は、紫式部によって創作された長編の物語で、平安時代の人の心の動きや人間関係を細やかに描いています。
「末摘花」には、「いはぬをもいふにまさると知りながらおしこめたるは苦しかりけり」とあります。言わないことが言うことにまさる場合があると知りながらも、無理に押し黙っているのは苦しい、という意味で、沈黙の価値と沈黙のつらさが同時に表されています。
この用例は、「言わないこと」がいつでもよいという単純な考えではないことを示しています。心の深さを表す沈黙もあれば、苦しさを抱え込む沈黙もあり、言葉にしないことの働きは、場面によって変わることが分かります。
表記には、「言わぬは言うにまさる」のほかに、「言わぬは言うに優る」という形もあります。「優る」は、ほかよりすぐれている、上回っているという意味を表し、ひらがなの「まさる」と同じ考えを支えています。
また、古い表記では「言わぬ」ではなく「言ぬ」と表されることがあります。これは現代の表記に直すと「言わぬ」に当たり、口に出さないことを表す点は変わりません。
近代の用例としては、深尾須磨子『さぼてんの花』(1934年)に、「いわぬはいうに優るの極致だ」という形が出てきます。二人の間で会話がなくても、黙っているほどかえって互いの意思が通じる、という文脈で使われています。
この近代の用例では、沈黙が気まずさではなく、互いの心が通じ合う状態として描かれています。古い和歌にあった「言わない思いが言うことにまさる」という感覚が、日常の人間関係にも広がっていることが分かります。
近いことわざに「言わぬが花」があります。こちらは、はっきり言わないほうが奥ゆかしく、差し障りがなくてよいという意味で、余韻や場の趣を保つ点に重きがあります。
一方、「言わぬは言うにまさる」は、黙っていることによって思いの深さが表れるという点が強く出ます。どちらも言葉を控える価値をいうことわざですが、前者は言いすぎないよさ、後者は沈黙そのものが語る力を表します。
反対の発想として、「言わぬ事は聞こえぬ」があります。これは、はじめから言っておかなければ相手には分からない、だから念を押して伝える必要がある、という意味です。
また、「思う事言わねば腹ふくる」は、言いたいことを黙っていると、気持ちがもやもやして落ち着かないことを表します。沈黙に価値がある場合もあれば、言葉にして伝えるべき場合もあることが、これらのことわざから分かります。
現在の「言わぬは言うにまさる」は、深い思いや信頼があるために、あえて言葉にしない場面で使われます。また、余計な一言で関係をこわすより、黙っているほうがよい場面にも用いられます。
ただし、このことわざは、必要な説明や謝罪、危険を知らせる言葉まで黙ってよいという意味ではありません。言わないことで心がよく伝わる場面、または黙っているほうが相手や場を守れる場面に限って生きることわざです。
「言わぬは言うにまさる」の使い方




「言わぬは言うにまさる」の例文
- 父は卒業式のあと何も言わずに肩をたたいたが、その沈黙には言わぬは言うにまさる温かさがあった。
- 長い慰めの言葉をかけるより、友人の隣に黙って座るほうがよいとき、言わぬは言うにまさるが当てはまる。
- 監督は勝利した選手たちに多くを語らず、静かな拍手だけで、言わぬは言うにまさる思いを示した。
- 祖母は古い写真を見つめて黙っていたが、その横顔には言わぬは言うにまさる深い思い出が表れていた。
- 会議で相手の失言を責め立てず黙って受け流した態度は、言わぬは言うにまさる大人の配慮だった。
- 手紙の最後に余計な説明を加えなかったことで、かえって感謝の気持ちが伝わり、言わぬは言うにまさる文章になった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修、小学館大辞泉編集部編『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・『古今和歌六帖』976〜987年ごろ成立。
・紫式部『源氏物語』11世紀初め。
・深尾須磨子『さぼてんの花』1934年。























