【故事成語】
悪事千里を走る
【読み方】
あくじせんりをはしる
【意味】
悪い行いや悪い評判は、たちまち世間に知れ渡るということ。


【英語】
・Bad news travels fast.(悪い知らせはすぐに広まる)
【類義語】
・悪事千里(あくじせんり)
・人の口に戸は立てられぬ(ひとのくちにとはたてられぬ)
・隠より現わるるは無し(かくすよりあらわるるはなし)
【対義語】
・好事門を出でず(こうじもんをいでず)
「悪事千里を走る」の故事
「悪事千里を走る」は、中国の古い言い方「好事門を出でず、悪事千里を行く」の後半が、日本語で定着した表現です。よい行いはなかなか外へ伝わらないのに、悪い行いや悪い評判は遠くまで急に広がる、という対比をもとにしています。
もとになる形は、五代から北宋初期にかけて活動した孫光憲の『北夢瑣言(ほくむさげん)』巻六に出てきます。この書物は、唐末から五代の人物や出来事を集めた逸話集で、政治家や文人にまつわる評判も多く記しています。
巻六の場面に出てくるのは、後晋の時代に高い役職に就いた和凝(かぎょう)です。和凝は若いころ、軽い恋の歌を好んで作り、その歌が汴(べん)・洛(らく)のあたりに広まりました。
やがて和凝は、政治の高い役職に就き、重々しいふるまいを大切にする立場になりました。そこで、若いころの歌を人に集めさせ、焼き捨てようとしましたが、いったん広まった評判は消えませんでした。
その後、北方の人々が都へ入ってきたとき、和凝は「曲子相公」と呼ばれました。これは、政治家としての立場よりも、若いころの歌の評判のほうが強く残ってしまったことを表しています。
この話の終わりに、「所謂好事不出門,惡事行千里,士君子得不戒之乎?」と記されています。やさしく言えば、「よいことは門の外へなかなか出ないが、悪いことは千里も行く。立派な人は、これを戒めないでいられようか」という意味です。
この故事では、和凝が若いころに作った歌そのものよりも、その評判が本人の努力では消しにくかった点が大切です。よい徳や重い地位があっても、よくない評判は人々の口にのぼりやすい、という見方がここに示されています。
中国では、この言い方に近い形として、「悪事行千里」だけでなく「悪事伝千里」の形も伝わりました。「行く」「伝ふ」という形をもとにしながら、悪い評判が遠くまで広がるという意味は共通しています。
日本でも、古くは「悪事千里を行く」という形が用いられました。中世の用例として、『曾我物語』には「悪事千里をはしるならひ」という形が出てきて、悪い評判が鎌倉中に広まる場面に使われています。
また、「好事門を出でず」と対にした形も日本で用いられました。『藤戸』の古い本文には、「好事門をいでず、悪事千里を逝け」という形が出てきて、よいことと悪いことの伝わり方の違いを対照的に表しています。
江戸時代になると、『新可笑記(しんかしょうき)』(1688年・江戸時代前期、井原西鶴作)に「悪事千里をはしる」の形が出てきます。さらに、江戸時代中期の教訓書『大和俗訓(やまとぞっくん)』では「悪事千里を行く」とあり、悪口やそしりは漏れやすいものとして戒めています。
その後、明治時代の『古今俚諺類聚』(1893年)にも「悪事千里を走る」の形が示されています。こうして、「行く」「伝ふ」の形を受けつぎながら、日本語では、速く広まる動きを強める「走る」の形が広く用いられるようになりました。
現在の「悪事千里を走る」は、悪い行いそのものだけでなく、悪い評判やうわさがたちまち広がる場合にも使います。もとの故事をふまえると、この言葉は、悪いことを隠そうとしても人に伝わりやすいという戒めであると同時に、評判を軽く見てはならないという教えでもあります。
「悪事千里を走る」の使い方




「悪事千里を走る」の例文
- 会計の数字をごまかしたことは、悪事千里を走るのたとえどおり、取引先にまで知れ渡った。
- SNSで友人の写真を無断で広めた行為は、悪事千里を走るように学年全体へ伝わった。
- 部活動の道具を壊して黙っていた件は、悪事千里を走る形で保護者会にも知られた。
- 会社の不正な請求は、悪事千里を走ると言うように、社内だけでなく新聞にも載った。
- 近所の落書きを隠していた少年の名は、悪事千里を走るように町内へ広まった。
- 約束を破って責任を人に押しつけた話は、悪事千里を走るのとおり、友人たちの信用を失わせた。
主な参考文献
・佐竹秀雄・武田勝昭・伊藤高雄編、北村孝一監修『故事俗信ことわざ大辞典 第二版』小学館、2012年。
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・円満字二郎編『故事成語を知る辞典』小学館、2018年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・孫光憲『北夢瑣言』五代。
・The American Heritage Dictionary of Idioms, Houghton Mifflin Harcourt, 2002.























