【ことわざ】
悪妻は百年の不作
【読み方】
あくさいはひゃくねんのふさく
【意味】
性質のよくない妻をもつことは、夫にとって一生の不幸であるというたとえ。結婚相手や家庭内のあり方が、人生の行く末に大きく関わるという古い教訓を表す。


【英語】
・An ill-marriage is a spring of ill fortune.(悪い結婚は不幸のもとになる)
・Better be still single than ill married.(悪い結婚をするより独身でいるほうがよい)
【類義語】
・悪妻は六十年の不作(あくさいはろくじゅうねんのふさく)
・女房の悪いは六十年の不作(にょうぼうのわるいはろくじゅうねんのふさく)
・悪妻は家の破滅(あくさいはいえのはめつ)
【対義語】
・女房は家の宝(にょうぼうはいえのたから)
「悪妻は百年の不作」の語源・由来
「悪妻は百年の不作」は、「悪妻」と「百年の不作」を結びつけた言い方です。「不作」は、もとは作物のできが悪いことを表し、農作物が思うように実らない大きな損失を意味します。
このことわざは、実際に百年間、作物がとれないという意味ではありません。「不作」という農業の言葉を、結婚生活や家庭の不幸にたとえて用いています。
「百年の不作」は、それだけで「一生の失敗」「取り返しのつかないほどの失敗」を表す言い方としても使われてきました。つまり、「百年」は非常に長い年月を示し、人生全体に及ぶほどの重さを強める働きをしています。
「百年の不作」の古い用例としては、樋口一葉の『この子』(1896年・明治時代、樋口一葉著)に出てくる例が重要です。この作品では、妻としてふさわしくないと責められる文脈で「百年の不作」という表現が使われ、取り返しのつかない失敗を思わせる言い方になっています。
一方、ことわざとしてよく知られる形には、「悪妻は六十年の不作」もあります。この形では、悪い妻をもつことは夫の一生の不幸である、という意味がはっきり示されています。
「六十年」は、干支(えと)が一回りする長い年月を表します。そのため、「六十年の不作」は、一生に近い長さ、または子や孫の代まで影響が及ぶほどの長い不幸をたとえたものと考えられます。
そこから、「百年の不作」という形は、「六十年」よりもさらに長く、強い不幸を表す言い方として理解できます。「六十年」と「百年」は、どちらも正確な年数を数えるためではなく、人生を大きく左右するほどの重みを示すための数です。
また、「女房の悪いは六十年の不作」という形も伝わっています。これは「悪妻は百年の不作」と意味が重なり、妻のあり方が家庭や夫の人生に長く影響するという、昔の家族観を反映した言い方です。
後の時代にも、この表現は文学作品の中で用いられました。杉本章子の『東京新大橋雨中図』(1988年)には、「百年の不作だぞ」という形の使用例があり、近現代にも、強い不幸をたとえる言葉として生きていたことが分かります。
このことわざは、女性を否定的にとらえる古い言い回しの一つでもあります。「悪妻は百年の不作」「悪妻は一生の不作」「悪妻は六十年の不作」は、意味の重なる表現として、女性に関することわざの中で扱われています。
ただし、反対側には「女房は家の宝」という言い方もあります。こちらは、妻が家庭を支える大切な存在であることを表し、同じ夫婦や家庭をめぐる言葉でも、まったく反対の見方を示しています。
つまり、「悪妻は百年の不作」は、作物が長く実らないほどの大きな損失を、結婚生活の不幸に重ねたことわざです。現在は、人を決めつける悪口としてではなく、昔の家族観や言葉の強さを理解するための表現として受け取るのがよい言い方です。
「悪妻は百年の不作」の使い方




「悪妻は百年の不作」の例文
- 昔の家制度のもとでは、家庭を乱す妻への戒めとして悪妻は百年の不作が用いられた。
- 結婚相手を見た目だけで選び、家庭が長く不幸になった話は、悪妻は百年の不作を思わせる。
- 祖父は古い価値観を説明するとき、悪妻は百年の不作は妻を選ぶ重さを極端に表したことわざだと語った。
- 演劇の主人公は、浪費を重ねる妻のために家業を失い、悪妻は百年の不作という言葉の重さを知った。
- 家族を支える努力をせず、周囲を苦しめ続ける人物を描く場面で、悪妻は百年の不作が引用された。
- 悪妻は百年の不作は、日々の小言や一時のけんかではなく、人生全体を損なう結婚の不幸をいう。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・集英社辞典編集部編『会話で使えることわざ辞典』集英社、1989年。
・樋口一葉『この子』1896年。
・開拓社『英語ことわざ』。























