【ことわざ】
油紙に水を注ぐよう
【読み方】
あぶらがみにみずをそそぐよう
【意味】
油紙に水をかけても染み込まずにはじくように、人の言うことを聞き入れず、取り合わないことのたとえ。


【英語】
・like water off a duck’s back(批判や忠告が少しも相手に効かない)
【類義語】
・聞く耳を持たない(きくみみをもたない)
・馬耳東風(ばじとうふう)
【対義語】
・耳を傾ける(みみをかたむける)
「油紙に水を注ぐよう」の語源・由来
「油紙」は、桐油(とうゆ)や荏油(えのあぶら)を厚手の和紙に塗った、防水用の紙です。雨具や荷造りなどに使われ、水を通しにくい実用品であったことが、このことわざの比喩の土台になっています。
油紙という言葉そのものは古くから使われました。『参天台五台山記(さんてんだいごだいさんき)』(1072〜1073年成立、平安時代後期、成尋著)には「油紙」の用例があり、また『日葡辞書(にっぽじしょ)』(1603〜1604年、日本イエズス会宣教師編)にも「あぶらがみ」として記録されています。これらは、油を引いた紙が生活の中で知られた素材であったことを示しています。
このことわざは、油紙に水を注いでも吸い込まれず、表面ではじかれてしまう様子を、人の言葉が相手の心に入らない様子へ移した表現です。水が紙にしみるなら受け入れる形になりますが、油紙では水がとどまらないため、「聞き入れない」「取り合わない」という意味につながります。
古い用例としては、二葉亭四迷の小説『浮雲(うきぐも)』(明治20〜22年、二葉亭四迷著)に、この表現が出てきます。『浮雲』は明治中期の青年の挫折を言文一致体で描いた小説で、その中に「お政は油紙に水を注ぐように、跳付(はねつ)けて而已(のみ)いてさらに取合わず」とあります。
この場面では、文三が叔母のお政の機嫌を取ろうとしますが、お政はそれを受け入れず、はねつけて取り合いません。つまり、ここでの「油紙に水を注ぐよう」は、言葉や気持ちを向けても相手が受け止めない様子を、油紙が水をはじく様子で表しています。
現在の意味も、この明治期の用例と同じ流れにあります。単に「効果がない」というだけでなく、相手が人の言うことを聞き入れず、はじめから取り合わない態度を指すところに、このことわざの芯があります。
「油紙に水を注ぐよう」の使い方




「油紙に水を注ぐよう」の例文
- 何度注意しても兄は夜更かしをやめず、家族の言葉は油紙に水を注ぐようだった。
- 安全のために手袋をするよう言っても、彼には油紙に水を注ぐようで、少しも聞き入れなかった。
- 委員長のていねいな説明も、反対すると決めている人たちには油紙に水を注ぐようだった。
- 親友が本気で心配して止めたのに、彼は油紙に水を注ぐように忠告をはねつけた。
- 店長が新しい接客の仕方を教えても、その店員には油紙に水を注ぐようで、以前のやり方を変えなかった。
- 何度も提出期限を知らせたが、油紙に水を注ぐように聞き流され、結局書類は遅れてしまった。
主な参考文献
・日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部編『日本国語大辞典 第二版』小学館、2000〜2002年。
・松村明監修『大辞泉 第二版』小学館、2012年。
・北村孝一編『ことわざを知る辞典』小学館、2018年。
・成尋『参天台五台山記』1072〜1073年。
・日本イエズス会宣教師編『日葡辞書』1603〜1604年。
・二葉亭四迷『浮雲』1887〜1889年。
・Cambridge University Press『Cambridge Dictionary』.























