【ことわざ】
商い三年
【読み方】
あきないさんねん
【意味】
商売は始めてすぐに利益が出るものではなく、少なくとも三年ほどは辛抱して土台を築くものだということ。転じて、仕事や習い事でも、すぐの結果だけで見切りをつけず、腰をすえて続ける大切さをいう。


【英語】
・Rome wasn’t built in a day.(大きなことは一日では成しとげられない)
・Keep your shop and your shop will keep you.(店を大事に守れば、店が暮らしを支えてくれる)
【類義語】
・石の上にも三年(いしのうえにもさんねん)
・商いは牛の涎(あきないはうしのよだれ)
・顎振り三年(あごふりさんねん)
【対義語】
・善は急げ(ぜんはいそげ)
・思い立ったが吉日(おもいたったがきちじつ)
「商い三年」の語源・由来
このことわざは、だれか一人の名言として広まったというより、商人の世界で育った実用的な教えとして受け取るのがよいでしょう。意味も、商売は始めてから三年ほどたたないと利が出にくく、そのあいだは辛抱せよという形で伝わっています。
こうした考え方の土台は、かなり早い時代から町人向けの教訓書にあらわれています。1627年(寛永4年・江戸時代前期)刊の『長者教(ちょうじゃきょう)』は、富を得る心得を平易に説いた書で、節約・才覚・家職を大切にせよという教えを語っています。
つまり、江戸時代の初めにはすでに、家業や商売は一足飛びには成り立たず、日々の積み重ねで形になるものだという考えが、読み物の形で広く共有されていました。「商い三年」は、その流れの中でよく分かることばです。
1688年(元禄1年・江戸時代前期)には、井原西鶴の『日本永代蔵(にっぽんえいたいぐら)』が刊行されました。副題は『大福新長者教』で、町人の成功と失敗を通して、商売の才覚や金銭との向き合い方を描いた作品です。
その流れを受けて、1713年(正徳3年・江戸時代中期)刊の北条団水『日本新永代蔵(にっぽんしんえいたいぐら)』には、「商は牛の涎」という商人ことばが出てきます。ここでは、牛のよだれのように細く長く、利を急がず辛抱せよという教えが、はっきりした形で語られています。
「商い三年」そのものの初出を一冊に決めるのはむずかしいのですが、商売には年単位の辛抱がいるという考えは、このような商人の教訓やことわざのまとまりの中で育ってきたと考えると、よく筋が通ります。ことばの中身も、「急がず、まずは続けよ」という教えでしっかり結びついています。
とくに「商いは牛の涎」が、関西を中心に商人の間で広く使われ、上方のいろはかるたにも入ったと伝えられる点は見逃せません。商いを急がず、長く続けて信用を積むという発想が、商人の暮らしの中に深くしみこんでいたことが分かります。
また、日本のことわざでは「三年」という長さが、何かを身につけたり、結果が出たりするまでの相応の時間を表す言い方としてよく用いられます。「石の上にも三年」や「桃栗三年柿八年」は、その分かりやすい例です。
そのため「商い三年」の三年も、きっちり三十六か月を機械的に言うだけではありません。店の名を覚えてもらい、品ぞろえを整え、仕入れや接客を身につけ、ようやく土台ができるまでの、ひと区切りの長さを示していると読むのがよいでしょう。
さらに、このことわざは、商売だけに閉じない広がりも持つようになりました。後には、仕事や習い事でも、始めてすぐの結果だけで見切りをつけず、まずは腰をすえて続けよという意味で使われています。
そう考えると、このことわざの由来は、一つの事件や一人の発言に求めるより、江戸時代の町人社会が育てた生活の知恵に求めるほうがよく合います。商いはすぐに花開くものではなく、年をかけて信用と工夫を積み重ねるものだという現実が、そのまま短いことばになったのです。
「商い三年」の使い方




「商い三年」の例文
- 祖父は町の和菓子屋を開いてから三年間は赤字続きだったが、商い三年を胸に味を守り、ようやく常連客をつかんだ。
- 新しく始めた古本店は半年で結果を求めず、商い三年のつもりで品ぞろえと接客を整えている。
- 母は手作り弁当の店を出すとき、商い三年だから最初は宣伝と信用づくりが大切だと言っていた。
- 弟はすぐ上達しないからとピアノをやめたがったが、先生は商い三年にも通じる話だとして、続ける大切さを説いた。
- 会社の新規事業も商い三年で、初年度の数字だけで成否を決めるべきではない。
- 商店街の若い店主たちは、祭りの日だけの売上に一喜一憂せず、商い三年の気持ちで店を育てている。























