【ことわざ】
垢で死んだ者はない
【読み方】
あかでしんだものはない
【意味】
風呂に入らず垢がたまっても、それだけで死ぬわけではないとして、入浴を嫌う人が言い訳に用いる言葉。また、その人を皮肉って言う言葉。


「垢で死んだ者はない」の語源・由来
「垢(あか)」は、汗や脂、ほこりなどが混じり合って、皮膚の表面につく汚れのことです。「垢で死んだ者はない」は、体が汚れていても、それだけで命にかかわるわけではないと言い立て、風呂に入るのを嫌がる人が自分を正当化したり、周囲がその人をからかったりするときに用いる言葉です。
このことわざのおもしろさは、「風呂に入って体を洗うか」という日常の問題に対して、「死ぬかどうか」という極端に大きな基準を持ち出すところにあります。きれいにしなくてもよいという教えではなく、入浴を面倒がる人の開き直りを、少し大げさに言って笑う表現です。
古い用例は、1705年(江戸時代前期)の雑俳(ざっぱい)集『俳諧万人講』にあります。そこには、「やあらやら垢にて死んだ者はない」と記されており、汚れを気にしない人物の言い分を、短く滑稽に言い表す形で現れています。
雑俳は、人々の暮らしや言葉の機微を、短い言い回しの中に取り込む文芸です。この古い用例でも、入浴を避ける理屈が、厳しい教訓としてではなく、日常のだらしなさをおかしく映し出す言葉として使われています。
『俳諧万人講』は、のちに『徳川文芸類聚 第十一 雑俳』(1914年、国書刊行会編)にも収められました。この収録によって、江戸時代前期に用いられていた言い方が、後世にも伝わる形で残されています。
初期の用例では、「垢にて死んだ者はない」と書かれています。「にて」は、原因や理由を表す場合には「…で」と同じ働きをもち、「で」もまた「にて」が変化した形であるため、「垢にて」は現在の「垢で」にあたる言い方です。
つまり、このことわざは、江戸時代前期には「垢にて死んだ者はない」という形で用いられ、のちに日常の言い方に合った「垢で死んだ者はない」という形で定着したものです。「死ぬほどのことではないのだから、風呂に入らなくてもよい」という、もっともらしく聞こえる言い訳を示す点は、古い用例から現在の意味まで変わっていません。
現在でも、入浴を嫌がる人が冗談まじりに言い逃れをするときや、周囲の人がその不精を皮肉るときに使われます。身近な風呂の場面から生まれた、生活の一こまをユーモラスに切り取ることわざです。
「垢で死んだ者はない」の使い方




「垢で死んだ者はない」の例文
- 祖父は風呂を面倒がり、垢で死んだ者はないと言って家族を困らせた。
- 泥だらけで帰った弟が垢で死んだ者はないと言い張ったので、母はあきれて浴室へ向かわせた。
- キャンプのあと、友人は垢で死んだ者はないと笑ったが、皆に勧められてシャワーを浴びた。
- 銭湯へ誘われた男は、垢で死んだ者はないと言って、また入浴を先延ばしにした。
- 汗まみれで作業を終えた父が垢で死んだ者はないと冗談を言うと、母は着替えを差し出した。
- 垢で死んだ者はないなどと言って入浴を嫌う兄を、家族は苦笑しながら風呂へ送り出した。
主な参考文献
・小学館国語辞典編集部編『精選版 日本国語大辞典』小学館、2005〜2006年。
・国書刊行会編『徳川文芸類聚 第十一 雑俳』国書刊行会、1914年。
・『俳諧万人講』1705年。























